彼の言葉に隠し事

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
“ねぇねぇ、明日のデートでどうしても行きたいパンケーキ屋さんがあるんだけどさ。” ワンルームの手狭な貴司(たかし)の部屋。真冬ということもあり、コタツに入ってぬくぬくとしながら、果奈(かな)が笑顔で話し始めた。 “たかしはさぁ、パンケーキの何が苦手なの?” “女はパンケーキ好きだよなぁ。” “女、男は関係ないよ。好みの問題でしょ!…あぁ、なんかパンケーキ思い浮かべるだけでお腹空いてきちゃったなぁ。” 果奈はニヤッと笑いながら、コタツ布団に手を入れお腹を擦りながら言った。 “お腹減ったのか…?ほんとに?” “な、何よ、さっき食べたばかりだろって言いたいの?どうせ私はデブですよぉ!” 果奈は舌をベーと出した。 “そんなこと言ってないだろ。…パンケーキね、いいよ!” 貴司の言葉に果奈は驚いた表情をした。 “え、いいの!?だって、たかし甘い物好きじゃないって、いつも断るのに。駄目元で言ってみるもんだね、わぁい!” “お、おう。かな、いつも行きたがってたからな。” 果奈は貴司の目を見て、挙動不審な感じがして怪しいと凝視した。 “な、何だよ…。” “何かあった?” 貴司はじーっと見てくる果奈の眼力に負けて視線を逸らした。 “…ふぅん、まぁいいや。…ねぇ、そういえば、この部屋寒くない?” “え?寒い…?” “ほら!” 果奈は自分の手を貴司の手に重ねた。 “ね、冷たいでしょ?” “…ん、いや、そんなことないよ。果奈の手は温かいよ。” 果奈は貴司の反応に驚いた。いつもなら、冷てぇなぁとか言うのに…。果奈は貴司の優しい言葉が逆に怖く感じた。 “ちょ、ちょっと、何よそれギャグ?意外な言葉で寒気感じちゃったじゃん!” 果奈が笑いながら言った。しかし、貴司は無理につくった笑顔で返した。 “…やっぱり何かあったでしょ?” “な、何もねぇって!” 声のボリュームを大きくして否定する貴司に、果奈は更に不信感を増した。 “あ、昨日!居酒屋で私が酔いつぶれた後、紗希(さき)と何かあったんじゃないでしょうね?あの子酔うとすぐ男誘惑するからさ!” “あ、あるわけねぇだろ!…かなは昨日のこと、どこまで覚えてるんだ?” “え、昨日のこと?えーっと、3人で居酒屋出て、次行こうなんてフラフラ歩いてさ、私が駅の反対側にある立ち飲みバルをリクエストして…” 考えながら黙り込んだ果奈。 “…それから?” 貴司は顔を近付けながら聞いた。 “な、何よぉ!酔ってたからあんまり覚えてないよ。…バルで何飲んだっけかな?…うー、思い出せない。” 悩む果奈。 貴司は果奈をギュッと自分に抱き寄せた。 “たかし?” これまたいつもなら絶対しない貴司の行動に果奈は驚いた。更に、抱きしめられた果奈の頬にポタリと水滴が落ちた。 “…たかし…泣いてる?” 貴司はサッと果奈から離れ、後ろを向いて手の甲で涙を拭った。 “…たかし変。” 果奈はやっぱり貴司が紗希と何かあったのだろうと確信した。 “紗希と何かあったんでしょ?実はさっきね、紗希からメッセージきてたの。” “えっ!?” 貴司は驚いた表情をした。 “ごめんね。って一言。どういう意味か返信したのに、既読スルーだし!” “ばかやろう。” 貴司はまた果奈を抱きしめた。さっきよりも強く抱きしめた。 “俺にはお前だけだ。安心しろ、紗希とは何もないから。…紗希はきっと…昨日途中で帰ったことを謝ってるだけだろ。” “…何で返事くれないのかな。” “…それは…あ、今バイトなんじゃないか?” 果奈は釈然としない表情を浮かべた。貴司は抱きしめ続けた。 “…今日、泊まっていけよ。” “…どうしよっかな。明日午前中からお母さんと出かける用事あるしなぁ。” “朝車で送ってくからさ、泊まっていけよ、かな。” 貴司の強いハグには、どこか優しさも感じることができ、果奈は心が温かくなるような気がした。 “うん、わかった。…ごめんね、変に疑ったりして。” “いいんだ。…かな、いつまでも俺ん家いてもいいからな。” “な、何それ?プロポーズ?…もう、ドキッとしちゃったじゃない!…コーヒー入れてくる。“ 果奈は照れた様子で貴司から離れてコタツから身体を出すと、狭いキッチンスペースにコーヒーを入れに向かった。 ”………………。“ 貴司はじっと静かに見つめていた。 下半身はなく、血液が滴る上半身だけの身体で動く果奈を。 貴司はまだ目の前の果奈、いや果奈の霊に本当のことを告げることが出来ないでいた。 昨夜、駅を越えるために横断した踏切で電車に轢かれて死んでしまったことを。 しかし、目の前にいるのは紛れもない果奈だとわかった。 貴司は涙を堪えながら、何も気が付いていない果奈の霊には真実を隠すことを決めた。 ”……ごめんな、守ってやれなくて。“ 貴司はボソリと呟いた。 ”今何か言った?“ ”え、ううん何も。“ ”ふーん、まぁいいや。私たちに隠し事は無しだからね!“ そう言ってニコリと笑う果奈に、貴司は満面の笑みで頷いた。 ー 完 ー
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!