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出会い、そして始まり
やっと見つけた私の『運命』に胸が張り裂けそうになる気持ちだった。
やっと、やっと見つけたのだ。
世界の時間が止まり、私たちだけが動くのを許されているかのよう。
不愉快な人の声と車の喧噪ももはや私たちを祝福してくれている祝福の歓声
手を伸ばしたら、すぐにでも、抱きしめられる。
そう思って、私は手を差し伸べた。
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やられた! やられた!
朝倉圭吾(あさくらけいご)は、何度目かの舌打ちをした。
車の操作が荒々しくなるのを感じる。こういった時に限って赤信号になる。それがさらに圭吾を苛立たせた。
普段弁護士兼保護人として働く自分にとってはありえない操作だが、そんなことかまっていられないほど事態は一刻を争うことになっている。
赤信号の隙を見て何度目かの電話をかける。『椎名悠生しいなゆうき』と登録されている電話番号は、着信があってからずっと発信しかしていない。
最初の着信があってからすでに30分は経過している。嫌な予想ばかり頭に思い浮かんでさらに圭吾を焦せらせた。
弁護士兼保護人としてでも働く圭吾の仕事柄、出先や休日に呼び出されることは日常茶飯事だが、今回ばかりは圭吾も予想していなかった事態だ。
圭吾の保護しているオメガに、「運命の番」が現れたのだ。
予想はできた。
対策はうてた。
しかしそれを怠った自分に憤りを感じるとともにまるで神とやらに圭吾のしていることは無駄だと言われたようで、さらに苛立ちは深まる。
オメガにとって運命の番と出会うことは至上の喜びとされてはいる。圭吾の保護オメガの椎名悠生がそれに流されていないかが最大の不安だった。
先ほどの電話では出会ったところをとっさに逃げ出し近くのカラオケ店に逃げ込んだようだが、それでも相手の運命の番とされるアルファがどんな人物かわからない今、いくら逃げ込む場所があったとしてもそれすらも安全とはいえない。
アルファは主にエリート層に多くいる。王族や一流企業などに多くいる上級階級がゆえに一般のベータである圭吾では太刀打ちできない。最下層とされているオメガはなおさらだろう。
だからこそ、しっかり対策を打っておくべきだった。
発情期しか特に特筆すべきフェロモンをださない椎名に安心していた。また、普段家にいることが多いということも、性格的にあまり積極的ではなく、学校と家を行ったり来たりということでそう運命の番に会うことはないだろうという希望的観測を抱いてしまっていたのだ。
圭吾は物に当たりたい気持ちを必死にこらえた、車もなるべくいつも通りの運転を心がけた。
圭吾が普段持ち歩いているビジネスバックにはオメガ用の発情期の抑制剤と、万が一のために契約をされてしまった時のための避妊剤、制御剤が入っている。今まで使ったことはなかったが、もしかしたら今回が初めての使用になるかもしれなかった。
「くそ……!」
どうしようもない状態に吐き捨てたような独り言をするしかなかった。
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