WEB作家の隠しごと

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WEB作家の隠しごと

     俺には隠しごとがある。  俺の趣味は、WEB小説の執筆。数年前に小説投稿サイトの一つに登録して以来、毎日のように書き続けているのだ。  この趣味について、職場の同僚には一切話していない。だが、それは『隠しごと』というほどではなかった。「なんとなく恥ずかしい」という理由で伏せているだけであり、「秘密にしなければならない」と誰かに厳命されたわけではないのだから。  そもそも、趣味の小説執筆を「恥ずかしい」と感じること自体、俺の勝手な思い込みなのかもしれない。一種の自意識過剰であって、もしも打ち明けたところで「ふーん。それで?」と流されるような気がする。  WEB小説に対する世間一般の関心なんて、その程度ではないだろうか。しょせん有象無象の趣味の一つに過ぎないのだ。  だから、俺の隠しごとは、WEBにおける執筆そのものではなくて……。  作家仲間――小説投稿サイトで交流のあるWEB作家たち――にも言えないような、もっと大きな隠しごとがあった。  その隠しごと自体は、むしろハッピーな話のはずなのに、他人には言えない秘密だと思うと、少し暗くなってしまう。小説を投稿したり、コメントのやり取りをしたりする度に、後ろめたい気持ちが湧き上がってくるのだが……。  これも自意識過剰の一種であって、他人から見たら「たいしたことない話」と思われるのだろうか。  ともかく。  WEB小説の執筆が趣味である以上、隠しごとがあろうとなかろうと、ひたすら俺は書き続ける。  ただし、その執筆スタイルは、以前とはかなり変わってきた。  もともと俺は、色々と書き散らかしていたタイプ。感想が少なかろうと、評価ポイントが低かろうと、めげずに「俺は俺が面白いと思うものを書くだけ!」と続けてきた。  他人から評価されないが故に「心が折れた」「モチベーションが下がった」と言って筆を断つ作家仲間は大勢いたし、その気持ちは俺もわからないではなかったが……。「趣味なのだから、他人からどう思われるか、気にする必要はない。やめるも続けるも自由なはず」と自分に言い聞かせながら、書き続けてきた。  そんな俺だったが。  最近では『書き散らかす』のをやめて、ほぼ一つの作品に集中している。たまに気分転換で短編を書くこともあるが、以前のように複数の長編シリーズを並行して執筆することは、もう出来なくなっていた。  最近の俺が、かかりっきりの作品。実は、それほど好きではない作品だった……と言ったら、少し語弊があるだろう。「俺は俺が面白いと思うものを書く」という方針である以上、どれも俺にとっては大好きな作品のはずなのだから。  ただ、その中でも、イチオシ作品と、そうではない作品があって……。  しかも、俺の『イチオシ作品』は一つに限らず、いくつもあった。  ファンタジーの中でのイチオシ。SFの中でのイチオシ。ミステリ作品の中でのイチオシ。恋愛小説の中でのイチオシ……。  そうした複数の『イチオシ作品』に入らなかった小説を、少し事情があって、今は最優先にしているのだった。  今日も今日とて。  パソコンを立ち上げた俺は、ワープロソフトで、原稿の執筆を行う。  そして。  しばらく書き続けて疲れると、息抜きに、画像表示ソフトを開く。 「おおっ!」  何度見ても、思わず声が漏れるし、顔がニヤけてしまう。  それほど可愛らしい、素敵なキャラクター画像。俺の小説のヒロインたちだ。  今までの俺は、アニメや漫画のキャラクターに対して「萌え〜」とか言っている連中の心情が理解できず、「しょせん絵だろ?」と冷ややかに眺めるだけだった。「ラノベの売り上げは表紙絵で決まる」なんて話を聞いても、「ライトノベルだって小説なんだから、大事なのは物語だろ?」と反発したくなっていた。しかし……。  こうして、俺のファンタジー小説のキャラクターデザインを()の当たりにすると、もう前言撤回したくなる気分だ。 「これ、どんなアニメや漫画のキャラクターと比べても、よっぽど可愛いんじゃないか?」  ニヤニヤしながら、心の中で何度も呟く俺は、一種の親バカなのかもしれない。  とはいえ、俺は絵なんて描けないので、これは俺自身が描いたものではない。俺が創造したキャラクターを、プロのイラストレーター様にデザインしていただいた産物だ。  それだけイラストレーター様が優れているのか、こうして描いていただいたのが初めてだから感慨深いのか。あるいは、それらの相乗効果なのか……。  いずれにせよ。  自分の作品のキャラ絵を見ていると、『それほど好きではない作品』という気持ちは吹き飛び、執筆のモチベーションも大いにアップするのだった。  そんな日々が、しばらく続いて……。  俺の隠しごとは、本日午後三時に消滅する。  今日は情報解禁日。俺の小説が書籍化される旨が、出版社の公式サイトで告知されるのだ!  これで、ようやく仲間たちにも公言できるわけだ。「みんなにWEBで読んでもらったあの作品が、一ヶ月後、本屋に並ぶぞ!」と。  さあ、いよいよ、俺も小説家デビューだ! 万歳! (「WEB作家の隠しごと」完)    
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