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#1 玲
春眠暁を覚えず。
卒業した先輩が春休みにグランドに来た時に言っていたっけ?今日も今日とて朝練に精を出して、若い身体は疲れ知らずだけど、異様に眠い。あれだ、あれ。成長期だ。
外はいい天気で4月の空にしてはやけに青くてこんなところでじっとしているのはもったいない。春だからこんな狭い教室でじっとしているよりピクニックとかした方がいい。なんだよ、ピクニックって。女子か。
人数の多いサッカー部で一年の時から補欠だけどベンチ入りして、やっとレギュラーを勝ち取ったのだ。こんなところでくすぶっている場合じゃない。今すぐ外周を走ってボール蹴ってゲームして・・・
身長と同じくらいサッカーのスキルも伸びている。面白いくらいに手足が動いて自分のイメージに完全に一致するとまではいかないけど、少なくとも地面に這いつくばる頻度は減ったのだ。少年サッカーから5年。始めたころの楽しさがもう一度味わえるようになった。楽しくないわけがない。
このまま中総体に出て活躍すれば隠された才能が花開くかもしれない。俺天才。俺TUEEEE!なーんちゃって、中二ですから。黄金の右足シュート。ゴールまでの軌道が見える右目もそろそろ疼くころだ。
教師の声がだんだん遠くなる。枕草子を朗読するクラスメートと隣の女子のシャープペンをノートに走らせる音が完全に眠りに誘ってくる。
世界一気持ちの良いまどろみを彷徨って、深い眠りに落ち「もーりーやーまー」ませんでした。
しかも痛みまで感じる。
空の青さと雲の白さの対比はすぐそこにあるというのに、頬骨とこめかみのあたりが痛い。というか、硬い。
「起きろ森山」
完全に覚醒して、その声が国語の前橋だと自覚すると、母親より大きくて肉厚な前橋の掌が机と接している反対側のこめかみを押さえつけていた。
「先生、痛い」
「寝るなバカタレが!」
「はい、スミマセン」
硬い机に押し付けられた頬をさすりながらゆっくり起き上がった。
女子たちがクスクス笑って、同じクラスのサッカー部のやつらが「玲、寝るなってー」とやじっている。
「35ページ10行目から読みなさい。教科書は開いてるな。開いてなかったら放課後に漢字書き取りでもさせようかと思ってたんだけど」
「せんせー、放課後は勘弁してくださーい。部活に出たいんでー」
「だったら寝るな!部活したいなら授業をちゃんと受けろ」
「ふぁーい」
のろのろと立ち上がり、教科書を確認する。前橋が呆れつつも少し満足なひと息をついて、机の間を再び歩き始めた。
いい加減と教師への馴れ馴れしさをギリギリのラインで調節しているのは、特に努力しているわけではない。
昔から教師から好かれる質だったし、友達も多い。おまけに女子にもそこそこモテる。
人生イージーモードだ。
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