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その言葉に、頭ん中が真っ白になった。
いつだって「先輩」って呼んでたはずなのに。
先輩も「センパイ」って呼ぶから、ごちゃごちゃになって……
先に高校生になっちまうこと、それどころか夏の大会が終わったら引退しちまうことも、忘れてた。
こうして一緒に帰れるのもあと……、一ヶ月?!
「……パイ? センパイ!」
呼ばれてることに気づいて顔を向けると、先輩が不思議そうな顔で見上げてた。
「……そっか。来年は高校生だっけ。小さいから先輩だってこと、忘れてた」
冗談で誤魔化して、動揺を悟られないようにした。なのに。
「ひっどーい。センパイちょっと、悟に似てきたんじゃない? 前はそんな意地悪なこと言わなかったのに」
先輩はほっぺたを膨らませて、ずんずん歩き出した。
たった今否定したばっかなのに。やっぱ先輩の頭ん中は、悟先輩でいっぱいなんだな。
先輩の気持ちなんて、知らなきゃよかった。
ましてや自分の気持ちなんて、気づきたくなかったよ。
「あ、雨……」
立ち止まった先輩が、手のひらを顔の高さに差し出して空を見上げた。
「ホントだ。先輩傘は?」
「持ってきてないよっ」
「えっ、なんで?」
「だって朝降ってなかったし」
「いや、でも夕方から降るかもって、天気予報で言ってたじゃん」
「うん、でも…… 帰りだけなら、濡れてもよくない? そういうセンパイこそ。傘は?」
「忘れた」
「なんだ。じゃあ人のこと言えないじゃん」
先輩はクスクス笑うと、焦ることなく、さっきまでと変わらないペースで歩き始めた。
「俺が言うのもなんだけどさ、梅雨なんだから、朝降ってなくても傘くらい持ってくれば?」
先輩は俺の言葉に足を止めると、はぁ……、とデカいため息をついて、振り返った。
「センパイにはわかんないだろうけどさっ、私みたいなチビにとってはこのリュック背負ってるだけでもしんどいもんなの。だから降るかどうかもわかんない雨のために、傘なんて持ってきたくないの」
なるほど……
考えてみたこともなかったけど、言われてみればたしかに。
多分俺のリュックとサイズ的には変わんないと思うけど、先輩が背負うと背中が見えないくらいデカく見える。
余計な荷物を持ちたくないって思うのも、当然なのかもな。
少しずつ色が濃くなってく先輩のリュックをぼんやり見ていたら、ある考えが浮かんできた。
しゃーない。
俺が代わりに持ってきてやっか。
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