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「あっ、今笑ったでしょう」
「えっ?」
「遅いって言ったって、もちろんビリではないからね!」
「別にビリだなんて、思ってないって」
「ホントに?」
先輩は眉間にちょっとだけしわを寄せて、疑うような目を向けた。
だけど。
次の瞬間には、あっ、猫!と言って、突然走り出した。
数メートル先をのんびり横切ろうとしてた黒い猫は、先輩の足音に驚いて慌てて逃げ出した。
先輩はぱたっと足を止めると、残念そうな顔で振り返った。
「逃げられたぁ」
「いや、あんなにバタバタ追いかけたら、そりゃ逃げるっしょう」
先輩はそっか、と苦笑いして、畑に逃げ込んだ猫を名残惜しそうに見送った。
最初の頃の先輩は、いつも笑ってる人、って印象しかなかったけど。
当たり前だけど、それだけじゃなかった。
ほっぺた膨らませて拗ねたり、眉間にしわ寄せて怒ったり。唇を尖らせて悔しがったり、視線を落として泣くのを我慢してたり……
すぐに笑顔に戻っちまうから気づけなかったけど、何気にころころ表情が変わってることに気づいた。
そんな先輩と一緒にいると、楽しいし見てて飽きない。
帰り道がもっと長ければいいのに、って……
やっぱり今日も思ってる。
「……ねっ?」
後ろ姿を見ながらそんなことを考えてたら、先輩が突然振り返った。
「えっ、なに?」
慌てて聞き返したけど、先輩は肩をちょっと上げて、首を振った。
「聞いてなかったなら、いいやっ」
「なになに? ちゃんと聞くから、もっかい言ってよ」
「いいよ。別に大した話しじゃないし」
先輩は苦笑いして、また前を向いた。
あーあ。先輩が “悟先輩の好きな人” じゃなかったらな。
そしたらなんも考えずに、告れんのに。
まぁ先輩の好きな人も悟先輩なんだから、告ったところで結局振られんのはわかってるけど。
でも可能性がゼロとは、限んねぇもんな。
てか悟先輩が告る可能性のほうこそゼロに近いんだから、そもそも遠慮してやる必要なんてなくね?
そんな風に考えてたら、悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
せっかく先輩のために、傘買ったんだし。
もしもメンバー発表当日までに、先輩のためにこの傘を使うことがあったら……
そしたらそん時、告っちまおう。
告って振られて。んで、すぱっと諦めてやる!
「……ねぇ、梅雨が明けるのっていつ頃だっけ?」
「どうだろう。あと一週間くらいかなぁ?」
「そっか……」
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