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・傘と涙雨・
あれからすぐ、梅雨は明けた。
明けてからしばらくはぐずついた天気が続いてたけど、その後は天気予報に晴れのマークが並んでた。
それでも「大気の状態が不安定で……」とか、「夕立の可能性が……」なんて聞くと、迷わず傘を持って家を出た。
だけど……
結局今日になるまで、傘の出番はなかった。
先輩との間には、吹部の女子二人と野球部軍団がいた。
だけど降り出した雨のせいか、野球部軍団はドカドカとあっと言う間に先輩を追い越してった。
残る吹部の二人は、俺たちが曲がる小学校のほうには曲がらずに、国道に向かって真っ直ぐに帰ってった。
念のため後ろを振り返ってみたけど、見える範囲に他の生徒はひとりも見えなかった。
降り始めた雨は、傘なんて必要ないくらい弱いままだったけど。無視して傘を広げた。
そして、野球部軍団が視界から消えるのを待って、歩くスピードを上げた。
小学校の校門に差しかかる頃には、先輩のすぐ後ろまで追いついた。
だけど先輩は俺に気づくことなく、俯いてとぼとぼと歩いてる。
もしかして、泣いてる?
いや、さすがにあんなことくらいでは、泣かないか……
でも先輩が落ち込んでる理由がわかってるだけに、声をかけてもいいものなのかと、迷いが出てきた。
思わずその場で足を止めると、前を歩く先輩の手が、顔の辺りに動いた。
きっと前髪を触っただけなんだろうけど、涙を拭いてるみたいに見えて。
胸がぎゅっと痛くなった。
あぁもう、見てらんねぇ!
傘の持ち手を握り直して、もう一度先輩の背中を追いかけた。
「 ───お疲れっ」
先輩は俺の声に肩をぴくっと動かすと、背中をしゅっと伸ばして振り返った。
「お疲れっ。……てか、いつも用意がいいね」
先輩はいつもみたいな明るくてはっきりした声で言うと、傘を指さしてくすくす笑った。
「先輩は相変わらず、傘持ってないんだね」
「言ったでしょ? 荷物増えるの嫌なんだも~ん」
「でも最後の大会前なのに、風邪ひいたらどうすんの?」
「これくらいの雨で? ないない」
そう答えると先輩は、また前に向き直って歩き出した。
たしかにね。
傘を叩く音も聞こえないくらい、弱い雨だもん。
「それにさ…… 最後の大会どころか、一回も出たことないまま引退する人だっているんだもん。これまで出られただけでも十分だよ」
「あぁ…… 悟先輩のこと、聞いたんだ?」
「うん」
振り向くことなく答える先輩。
頑張って明るい声で答えてるけど、泣くのを我慢してるみたいにくぐもって聞こえる。
俺のことは聞いてくんないの?って……
言いたいけど、言えねぇや。
俺が選ばれなかったところで、悟先輩が出られるわけじゃねぇけど。
それでもやっぱ、いい気はしねぇよな。
せっかくもらったゼッケンだけど、先輩に見せることもできない。
とりあえずいつもみたいに半歩後ろを歩きながら、先輩に気づかれないように、傘を持つ手を少し伸ばした。
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