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「……じゃあな」
ぽかんとしてる佐久間を横目に帰ろうとすると、
「は? 待てよ」
とカバンを掴まれた。
「まだ質問に答えてもらってないんだけど」
「は?」
「だ~か~らぁ~、おまえの好きなやつ。いい加減教えろよ」
カバンをぐいぐい引っ張ったまま、佐久間がしつこく詰め寄る。
「言うかアホ」
「え~、いいじゃん。丸くんのケチ~」
そう言うと、にやっと笑って俺の手から傘を奪い取った。
「なぁなぁ、じゃあさ、この傘は? なんか意味あるわけ~?」
「ちょっ、返せよ。急いでんだよ」
ちらっと窓のほうに目を向けると、陸上部のやつらが帰ってくのが見えた。
早くしないと千波先輩も帰っちまうかもしれない。
焦って傘を取り返そうと手を伸ばしたけど、なにも知らない佐久間はにやにや笑ったまま、傘を背中に回した。
「梅雨に入った頃から、毎日持ってきてね?」
「梅雨なんだから、普通だろ」
「は? 梅雨なんてとっくに明けてるし。だいたい今日だって、朝は降ってなかったじゃん。帰りだけならいらなくね?」
こういう時の佐久間は、かなり面倒くさい。俺が答えるまで、傘を手放さないはずだ。
こんなやつ放っといて、とっとと帰ろうか。
でも傘がなけりゃ、意味がねぇし……
あぁ、マジ面倒くせぇ。
「……今日で終わりだから」
佐久間のにやにや顔を見てるとムカつくから、窓の外に目をやって答えた。
「えっ、終わりってなにが? この傘まだ新しそうだけど、もう捨てんの?」
はぁ……
「傘のことじゃねぇよ」
「じゃあなにが終わりなんだよ。わかりやすく言えよ」
どうせ終わりなんだから、放っといてくれりゃいいのに。
いつまでも傘を手放そうとしない佐久間に根負けして、やけくそで答えた。
「……好きでいること」
「あぁ……、えっ、なんでなんで?」
「はぁ…… マジで急いでんだけど」
「だったらもったいぶらないで、とっとと言っちゃえよ」
窓の外の悟先輩の視線がちらっと動いて、その方向から千波先輩が駆け寄って来るのが見えた。
当たり前のように悟先輩の隣に立つ千波先輩と、急に素っ気ない表情に変わった悟先輩。
どう見たって両想いで、俺が入り込む余地なんてない。
「……その人、好きなやつがいんだよ」
「ん? つき合ってるやつがいるってこと?」
「いや、そうじゃねぇけど……」
「じゃあ別にいいじゃん」
「つき合ってねぇけど、両想いなの」
「なんでそんなことわかるんだよ」
他の先輩たちに小突かれて、後頭部を掻いてる悟先輩。
千波先輩はその背中を笑いながらばしばし叩いたかと思うと、そのまま手を振って帰ってった。
多分今回もベンチ入りできなかったこと、聞いたんだろうな。
笑顔が泣いてるみたいに見えた。
「うっせぇな。見てたらわかんの!」
「ふ~ん。で? それだけで諦めんの?」
「おまえには関係ねぇだろ! もう決めたんだよ。その人の好きなやつがどんなに頑張ったって手に入れらんなかったもんを、俺は何回も手に入れることができたから。だから諦めてやんの!」
そう早口で言うと、意味わかんねぇって顔でぽかんとしてる佐久間の手から、傘を引ったくった。
「じゃあな!」
佐久間はまだなにかごちゃごちゃ言ってたけど、無視して部室を飛び出した。
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