・傘とゼッケン・

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 夏休み前で半日授業になってるから、今日も三時半終わりの部が多かった。 体育館では半面にバドミントン部、外の空きスペースには卓球部がいた。  体育館から見た校庭には、野球部と男子テニス部。 陸上部は自主練だったのか、千波先輩と笹尾先輩とあと何人かだけが見えた。  楽器の音が聴こえてたから吹部がやってたのはわかったけど、他はどうだったんだろう。 なんにしても、最終下校までやってた部はいつもの半分もなかったはず。  いつもなら混み合ってる校門前も、余裕で見渡せる。 プールの脇を通り抜けて校門のほうに目をやると、笹尾先輩と歩く千波先輩の姿が見えた。 伸びかけの髪が気になるのか、何度も耳にかけ直しながら、今日も跳ねるみたいに歩いてる。  癖っ毛で中途半端なショートヘアに、日焼けして茶色い手足。 一重だし、スタイルだっていいわけじゃない。 チビで子どもっぽくて、全然タイプじゃなかったはずなのに…… いつの頃からか、先輩の姿を見つけると嬉しくなった。  あれだ、きっと。 小動物みたいで見てるだけで和むとか、そういうのと同じ感覚。 ちょこまか動くのが気になってつい、目で追ってる。 うん多分、そんな感じ。  なんて…… 何度もそうやって否定してみたけど、全然駄目だった。 部活中も下校中も気になって、気づくと先輩の姿を探すようになってた。  先輩たちとの距離は、30メートルくらいか。 その間にいるのは、大体見慣れたメンツだった。 笹尾先輩さえ真っ直ぐに帰ってくれれば多分、小学校の手前辺りからは千波先輩と二人きりになるはず。  告って終わりにするか、なにも言わないか。悟先輩の気持ちを教えてやるか、やめとくか…… 結局いまだに、気持ちは決まってない。  あとはもう、雨次第か…… 降り出しそうで降らない、灰色の空を見上げた。 だけど。 このまま降り出さなければ、笹尾先輩も小学校のほうから帰るかもしれない。 そうなったら、千波先輩と二人で帰れる距離はかなり短くなる。  今降り出せば確実に、真っ直ぐに帰ってくれるはずなんだけど……  傘の柄をぎゅっと握りしめて、一秒でも早く雨が降り出すようにと願った。  緩いカーブを利用して、二人が見えるギリギリの距離で追いかけていると、前を歩く先輩たちが別れるはずの十字路に差しかかった。 そこでタイミングよく、雨粒が落ち始めた。  先輩たちは足を止めて空を見上げると、笹尾先輩は真っ直ぐに、千波先輩は左側に、手を振って別々に歩き出した。  ひとりになった先輩の歩くスピードは、がくんと落ちた。 俺との間にいた卓球部やバドミントン部のやつらにも、どんどん抜かされてく。 肩を落とした背中は、いつもより一段と小さく頼りなく見える。  普段の最終下校の時には完全に埋もれてるから、入学してからの一年間存在すら知らなかった。 今なら全校集会だろうと下校中だろうと、どこにいたってすぐに見つけられるけど…… こんな思いするくらいなら、先輩の存在なんて知らないままのがよかったかな。  声をかけるタイミングを計ってのろのろ歩いてるうちに、先輩に初めて声をかけられた四月のことを思い出してた。
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