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4 世界一のスーツ
「可愛いです」
「あ、そ、そうですか」
「今日、このままドライブしにいきません? レンタカー、ネットで予約しました」
手際が良い。ドライブと聞いて、ちょっと嬉しくなった。だけど、不要不急の外出は控えろと言われている。
「いいの?」
「この外出は必要火急です。小春さん、最近、外出てないでしょう。ぼくも気晴らしがしたいな、と思って」
それから、わたしたちは、近所のレンタカー屋さんまで歩いて出かけた。
高速に乗って、サービスエリアへ行く。
わたしの好きな牛タンとバラ肉の串焼きと、イツキくんの好きなコロッケと、お弁当を買って、外のテーブルで食べた。
完全に日が沈む前のサービスエリアは、時間がゆっくり流れていた。
優しい色をした空がとてもひろくて、気持ちがいい。色んなもやもやがほどけていく。
憑き物が取れたかのようだった。
ちらっと横目でイツキくんを見る。
家の中で、スーツを着て貰って、あれこれお願いして。
結局、何がしたかったのだろうという気持ちになる。冷静になってみれば、自分の行動がちょっと恥ずかしい。
すこしガソリンの匂いが絡む風を頬に受けながら、背伸びをした時だった。
「小春さん」
「はい?」
「今度また、時間を作って、ここへ来ましょうね」
こくり頷く。
一緒に車へ戻る。
わたしは、何となく歩みをずらした。
イツキくんが、一、二歩、前を歩く。
やさしい夕暮れのひかりの中を進むイツキくんの後ろ姿は、やっぱり、世界で一番スーツが似合うと思った。
【おわり】
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