1 スーツが足りない

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1 スーツが足りない

わたしは男性のスーツ姿が好きだ。 隙の無いエレガントなビジネスマンもいい。 が、日々の仕事に疲れた生活感溢れるサラリーマンはもっといい。 彼らのノーネクタイによる無防備な首元はとっても素敵だ。 転じて、ワイシャツもいい。ワイシャツのすっとした襟や服の形は、男性を、本当に品よく見せる。同様に、体形の誤魔化しがきかないスラックスも、かちっとした革靴も。 まあ、なんせ、スーツだ。 スーツはいい。 最近、その、スーツが足りない。 「という訳で、イツキくん、スーツを着ませんか」 「何の話ですか、小春さん」 時刻は十二時。 丁度、昼休憩に入った頃。 わたしは、イツキくんの仕事場、兼、わたしたち夫婦の寝室に足を運んでいた。 在宅ワークに切り替わったイツキくんは、スーツを着ない。ポロシャツにチノパンというよくありがちな恰好で、仕事についている。 何でも部長が「これを機に、うちの部署、スーツでなくてもオフィスカジュアルで問題無いとしようじゃないか」と頑張ったらしい。 なぜ頑張るか。 「スーツが足りません」 「足りない、ですか? 数が?」 「イツキくんのスーツを着る回数が、ですよ」 「……確かに、うちの会社、カジュアル私服OKに切り替わったので、この先しばらくスーツの出番はないでしょうけど」  わたしは天を仰いだ。そんなにはっきりと指摘するなんて。あんまりだ。 「イツキくん、そういうところですよ。夫婦生活の危機です」 「ええ!?」
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