29人が本棚に入れています
本棚に追加
1 スーツが足りない
わたしは男性のスーツ姿が好きだ。
隙の無いエレガントなビジネスマンもいい。
が、日々の仕事に疲れた生活感溢れるサラリーマンはもっといい。
彼らのノーネクタイによる無防備な首元はとっても素敵だ。
転じて、ワイシャツもいい。ワイシャツのすっとした襟や服の形は、男性を、本当に品よく見せる。同様に、体形の誤魔化しがきかないスラックスも、かちっとした革靴も。
まあ、なんせ、スーツだ。
スーツはいい。
最近、その、スーツが足りない。
「という訳で、イツキくん、スーツを着ませんか」
「何の話ですか、小春さん」
時刻は十二時。
丁度、昼休憩に入った頃。
わたしは、イツキくんの仕事場、兼、わたしたち夫婦の寝室に足を運んでいた。
在宅ワークに切り替わったイツキくんは、スーツを着ない。ポロシャツにチノパンというよくありがちな恰好で、仕事についている。
何でも部長が「これを機に、うちの部署、スーツでなくてもオフィスカジュアルで問題無いとしようじゃないか」と頑張ったらしい。
なぜ頑張るか。
「スーツが足りません」
「足りない、ですか? 数が?」
「イツキくんのスーツを着る回数が、ですよ」
「……確かに、うちの会社、カジュアル私服OKに切り替わったので、この先しばらくスーツの出番はないでしょうけど」
わたしは天を仰いだ。そんなにはっきりと指摘するなんて。あんまりだ。
「イツキくん、そういうところですよ。夫婦生活の危機です」
「ええ!?」
最初のコメントを投稿しよう!