御厨蒼志の場合

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御厨蒼志の場合

御厨蒼志、41歳、独身。 某有名病院の外科部長である。 この病院にある女性が患者としてやってきた。彼女は人気のアイドルグループのメンバーだというので若い医師たちもナースたちもミーハーに騒いでいたが、蒼志にとっては全く興味もないので、いつも通り淡々と手術をして天才的な神業で難しい手術を成功させた。 お祝いの飲み会の席ではみんなそのアイドルの話題でもちきりである。 「ごめんね、アイドルとか興味ないもんだから疎くてよく分からないんだ」とアイドルのことで話を振られて咄嗟に答えた。 実は蒼志は人には隠しているがドルオタであるのだが、テレビとかには出ない所謂地下アイドルが専門なので、メジャーなアイドルには全く興味もないし分からないというのは本当のことである。 「お休みの日とかは何をして過ごしてるんですか?」 とナースが興味津々に訊いてきた。公私は完全に割り切りというか別人なので全く私生活を見せない蒼志はちょっとミステリアスな存在でもある。 「う~ん、ドライブしたりイベントに行ったりショッピングセンターとか見て歩いたりつまらないことしかしてないんだな、これが」 「そんなことないですよ。今度ドライブ連れてってくださいよ。イベントとか行きたいです」 とナースが瞳を輝かせてデートしたいと言ってきたが、 「また都合が合う時に行こうよ」 と社交辞令で終わらせた。 イベントに行くのは嘘ではないが、主目的はイベントで行われる推しさんのライブであり、ショッピングセンターも同様である。ドライブは好きだが、専ら推しさんのライブが遠くで行われる時の遠征でしか遠出はしない。真相はとても話せないし、カーナビには推しさんの歌しか入れていないのでとても人なんか乗せられない。 蒼志はナースたちにもけっこう人気があるのだが、何組かある推しさんの中でも神推しのマーブルクロスというアイドルのメンバーしか愛せないから恋には発展せずである。 マーブルクロスの中で誰がイチオシかというと箱推しである。 休日街中やショッピングセンターなど人が多い場所を歩く時は蒼志は帽子、サングラス、マスクで変装をして万が一職場の人等に遭遇した時のオタバレ防止策は万全にしている。この変装は夏場はメチャメチャ辛い。 「やれやれ、ここまで来れば大丈夫だろう」 蒼志はステージまで無事にたどり着くと変装を解いてマーブルクロスTシャツに着替えて腕にはメンバー5人全員のカラーゴムバンを付けて推し事フォームにチェンジした。 ステージまで来るのはオタしかいないからここで見つかったとしても同類だ。職場には地下アイドルに興味がある人はいないので来ることはないが。 気をつけないといけないのは遊園地等ヒーローショーと一緒にやる時だ。蒼志はアニメ特撮オタでもあるのでたまにヒーローショーが見れるのは嬉しいが、院長が来たことがあった時には死ぬかと思った。何とか見つからずに済んだが、何で院長が?まさか自分と同じ隠れオタかと思ったらお孫さんと一緒に来ていた。孫や子供という発想はなかった。小さい子供や孫がいる人物はヒーローショーに出現する危険度が高いから要注意だ。 そんなカンジでオタバレには細心の注意をしつつ推し事フォームになった蒼志はもう超絶イケイケドンドンな推し事を行う。 手拍子、コール、振りコピや時には曲や歌詞に合わせた小道具まで用意して応援をするので小道具担当とも言われている。 他の推しさんのメンバーが卒業するので泣く泣くマーブルクロスの大きなイベントをサボった次の回には土下座Tシャツを着て行ったり、マーブルクロスも出演するCMにエキストラ出演した時にはカツラ、付け髭で全く別人に変装するもマーブルクロスには見つかったりと面白い演出で笑いを取ることも多くなり、小道具担当から大道具担当になりつつもある。 最前付近でノリノリでコールをしたり踊ったり、時にはガチ恋口上をしたりする推し事フォームは普段のポーカーフェイスで寡黙で真面目な蒼志とは別人である。 そんな推し事フォームの蒼志はみくりんと呼ばれている。これは実はネット小説とかもやっている蒼志のペンネームであり、SNSや現場もこの名前で通している。 蒼志はふと思うことがある。普段の御厨蒼志という医師は活動資金を得るための仮の姿で、本当の自分はみくりんというオタクでモノカキな男なのだと。
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