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 翌日もアルマナは、朝から忙しくたち働いた。  水汲み場は、小屋から斜面を下った谷底の湧水で、重い桶を担いで、日に何度も往復しなければならない。その合間に、山羊の世話や薪拾い、畑仕事、機織りと、息つく暇もないのだった。  それでも、幼い時分に父を亡くし、母も死んだいま、アルマナを引き取って屋根の下に住まわせてやっている恩情を、遠縁の叔父叔母は強調するのだった。  水桶から大瓶に汲み水を移していたとき、ニエマスがやって来た。仲間を二人引き連れている。男たちは、いつものように、締まりのない厭らしい顔つきで、重労働をするアルマナを冷やかした。 「よう、アルマナ」  仕方なくアルマナは応じた。 「はい、何の御用でしょう、副頭領」  正しくは、ニエマスはまだ副頭領ではなかったが、誰もがそう見なしていた。ニエマスは、山賊の頭領ザキの息子だった。ザキはこの出来の悪い長男を溺愛していて、そのためニエマスはいっぱしの山賊気取りで、荒くれたちを顎で遣っていた。  叔父叔母の小屋は、山賊の息のかかった拠点の一つであった。普段の仕事は見張りで、一朝、山賊狩りの警備隊を発見すると、狼煙で報せる仕掛けになっていた。無論、金が出る。この山域にはこのような見張り小屋が幾つもあって、互いに報せを行き来させては、代わりに山賊の恩恵に預かっているのだった。  脊梁山脈の尾根には、何万年もの往古、一帯を版図とした古代皇国ザレムによって敷かれた街道が健在だった。石畳で整備された街道は、往来がしやすいが、同時に山賊に狙われやすい。山賊たちは、古代皇国ザレムの子孫を自称し、通行税を徴収していると嘯いていた。そこで、街道で結ばれた国々の盟主たちは、共同で街道警備の兵に警邏させていたのだった。  反対に、低地の道は土や石塊がそのままで、移動には時間を要する。その代わり比較的、山賊の出没が少ないので、隊商や伝令は、安全と時間とを天秤に掛けて道を選ぶのだ。 「御用ってほどじゃないけどな……」  ニエマスは下卑た笑いを浮かべていたが、やにわにアルマナの腕を掴んで引き寄せ、反対の手で膨らみはじめた胸を乱暴に苛った。手下どもが追従の歓声を挙げた。 「やめて!」  アルマナは、嫌悪感の余り、勢いよくニエマスの手を振りほどいて、頬を張った。  少女の抵抗に、ニエマスの顔が一瞬赤黒く染まった。しかし思い直したように、またニヤニヤ笑いを取り戻して、アルマナを突き飛ばした。 「次の朔までおあずけだ」  そう吐き捨てると、三人は高笑いとともに去っていった。  屈辱感で、手が、全身が震えている。アルマナは唇を噛み締めた。  次の新月の晩、ニエマスは正式に山賊の副頭領になる。そうなれば、あの叔父叔母は、喜び勇んでアルマナをニエマスに差し出すだろう。アルマナの未来は決まってしまったも同然だった。薄汚い山小屋に閉じ込められ、妻とは名ばかりで奴隷のように玩ばれ、飽きられたら売り払われる、そんな暗くみじめな未来が。  ーーあの囚人の処に行くしかない。  そのあとは、水汲みをしながらも、山羊に餌をやりながらも、ひたすらそのことだけを考えていた。  だから夜が更けるとアルマナは、寝所に引っ込むふりをして、すぐに奇岩へと向かった。昨夜より、一段と月影が弱く感じられた。  しかし、いざ男を前にすると、やはり疑いの心持ちがわき上がる。そこでまず、タルスが烏人(ザレ=ム)のことを、どう理解しているかを聞くことにしたのだった。
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