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ミニバンの後部座席にふんぞり返って不機嫌に乗り込んだ竜寿を見て、隣のみちるがまた笑う。
「お前も踏んづけときゃよかったな」
「いや、ごめん……だって、三下みたいって……」
そのまますぎて、と笑うと竜寿は余計不機嫌にそっぽを向いてしまった。
「でも、あんなにこの子しかいないってくらい好きになったのに、分かんないなんてことあるのかな?」
みちるが言うと、運転席に乗り込んだ板崎が、竜は変わったからね、と笑う。
「そういえば、きれいな黒髪、とか言ってましたね」
みちるが言うと、板崎が自身のスマホを放って寄越した。みちるがそれを慌てて受け取る。
「それ、二年前の竜。俺も初めてみた時は女の子かと思ったよ」
受け取ったスマホの画面には事務所で撮ったのだろう、社員の集合写真が映し出されていた。背後には、歓迎、と書かれた紙も貼られているので、おそらく竜寿の入社歓迎会でもした時の写真だろう。
「え、もしかしてこの真ん中の美少女が竜?」
肩まで伸ばし、緩くパーマのかかった黒髪に細い体、笑顔はまるで女の子だ。
「そう、全然違うだろ」
板崎に言われ、隣のぶすっくれた顔とスマホの画面を比較する。
確かにキレイな顔の面影はあるが、金色の短い髪にピアス、それに筋肉のついた体の今とは別人だ。
「はい。全然違いますね」
チンピラ感ゼロです、とみちるが言うと、竜寿が板崎のスマホをみちるから取り上げ、空席の助手席に投げつけた。
「うっせーな! 変わりたかったんだよ!」
「……刺されて嫌になったの?」
少女のような容姿だからあんな男に狙われてケガをしたと思っても仕方ない。だから変わりたいと思うことはとても自然な気がした。
けれど竜寿はみちるの問いに首を振った。
「そん時……憧れた人がいて……」
竜寿が珍しく照れたように言葉を濁す。みちるが首を傾げると、再び板崎がスマホを投げてきた。
「正確には、竜を助けたのはこの人でね。憧れちゃったんだよね、竜は」
手元に落ちてきたスマホを見ると、髪の色こそこちらは黒だが、短い髪に数個のピアス、サングラスを掛け黒いスーツを着た、少し強面の男性が映っていた。
「この人は?」
「二年前までいた社員だ。一緒に仕事してて、竜寿を見つけて運んだのもそいつなんだよ」
板崎がそう答える。二年前ということは竜寿とはすれ違いで在席していたのだろう。
「助けてもらって憧れたんだ」
「……いいだろ、別に。あんなふうになりたいって思うくらい」
「ちょっと……ベクトルが違う気がするけどね……」
写真で見る元社員は確かに闇組織の香りがするけれど、上層部といった雰囲気だ。チンピラっぽい竜寿とは違う。
「うっせーな! 歳取ればあんなふうになるんだよ!」
そう言ってくれたし、と竜寿が板崎のスマホを見やる。みちるはそれを見て笑顔で頷いた。
「この人が言うならそうかもね。ところで社長、この人、どうして辞めたんですか?」
「ん? 契約満了だよ。元々この事務所が安定するまで他所から借りてた人だから」
「へえ……会ってみたかったな」
みちるはそう言いながらスマホを見つめた。
「え? みちる、まさか写真だけで惚れた?」
隣で竜寿がにやにやと笑いながらみちるを見やる。みちるはそれに眇めた目を向けた。
「惚れてない」
「だよねー。みちるちゃんは俺にラブだもんね」
運転席から板崎が口を挟む。みちるはバックミラーに映る上機嫌な板崎を見ながら、いえ、と首を振った。
「社長も違います」
「そんなどきっぱり……そんなクールなみちるちゃんも好きだけど、もっと可愛くてもいいんだよ」
俺大歓迎、と言う板崎に、みちるがため息を吐く。
「可愛いは梓さんの専売特許でいいじゃないですか」
「梓が可愛いって? みちるちゃん、どこ見てそんなこと言ってる? あいつはヤクザの親分だろ」
板崎がそう言って身震いする。それに首を傾げ、みちるは竜寿を見やった。
「梓さん可愛いよね、竜」
「いや……まあ、外側はな。中身はホント、肝座ってるから、あの人」
「そんな感じ、しないけどな」
いつもにこにこ笑っていて、たまに社員に喝入れることもあるけど、仕事も早くて、みちるにとっては『姉』のイメージが強い。まあ、男なんだが。
「ま、その話は今度。それよりおなかすかない? みちるちゃん」
板崎の言葉に、それまで首を捻っていたみちるが、ぱっと顔を上げる。
「空きました!」
「お前、あいつと飯食ってただろ」
「えー? もう三時間も前だよ」
「燃費悪すぎだろ」
隣で竜寿がため息を吐く。そのやり取りを聞いていた板崎が笑いながら、竜、と竜寿を呼ぶ。
「お前の奢りで飯行ってから帰るか」
「え? どうしてオレ?」
「今回、みちるちゃんへの慰謝料と、依頼者と車の損害賠償を相殺してもらったけど、依頼料は貰えなかったからな。みちるちゃんも待機の俺もタダ働きだよー」
「わっかりました! 牛丼でいいっすよね」
「お寿司がいいなー、竜」
「みちる、ワガママ言うなよ!」
オレも給料少ないの知ってるだろ、と竜寿が言う。
「今回怖い思いしたんだけど……回るのでいいよ」
「……わーったよ!」
竜寿の言葉にみちるが、やったー、と喜ぶ。それを見ていた竜寿が不機嫌に鼻を鳴らした。なんだかんだ言って仲間に優しい竜寿に、みちるは満面の笑みを向けたのだった。
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