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「緊張する? みちる、今日はめちゃくちゃ可愛いから自信持って」
「いや、そこは自信持つとこじゃない気が……」
みちるが眉を下げて言うと、そこに二人、ホストが現れた。梓とみちる、それぞれの隣に一人ずつ座る。
隣で自己紹介をされたが、その近すぎる距離に自分が男だとバレる気がしてみちるはただ笑うことしか出来なかった。そんなみちるに、梓の肘が当たる。梓を見上げるとその目がすっと眇められた。
みちるはそれで我に返り、小さなカバンの中にあるレコーダーをオンにした。今日のみちるの主な仕事はこれだけだ。あとは梓のサポートらしいのだが、それをする必要はないようだと、みちるは隣を見やった。
「梓ちゃん、可愛いね! 何してる人?」
「ありがとー。ただの会社員だよー」
「えー? モデルさんとか芸能人だと思った」
「やだー、正直に言わないでよー」
隣では梓が楽しそうに別のホストと会話をしている。それを見ていたみちるの隣のホストが、こちらを見つめ微笑む。
「君も可愛いよ。こういう店、初めて?」
きっちりとしたスーツにばっちりセットされた髪、女の扱いに慣れてますという全身から滲むオーラに、みちるは少し引きながらも頷いた。
「え、ええ……」
仕事じゃなければ一生来ないところだ。正直居心地はよくない。
少し落ち着こうと、みちるはさっき運ばれてきたオレンジジュースに手を伸ばす。これ一杯でいくらするのだろうと思わず考えてしまうみちるには、きっとこういった遊びは向いていないだろう。ストローを咥えたままそんなことを考えていると、隣から視線を感じ、みちるはそちらを見やった。
「あれ? ジュース飲んでるの? 何か、君に合ったカクテルでも作らせようか?」
「い、いや、ぼ……私は……」
みちるは酒に弱い。缶ビール一本で潰れるらしいのだが、あまり記憶がないのだ。だから余計に怖い。あとは何より、会計が怖い。
「あー、みちるにお酒飲ませちゃダメ。この子、飲むと脱いじゃうの」
隣に居た梓が会話を聞いていたのか、そう助け船を出す。しかし脱ぐだなんてそんなことは言って欲しくなかった。そんなことはしたことはないはずだ。……多分。
「あ、梓さん!」
「あら、秘密だったよね。ごめーん」
「えー、余計に飲ませたくなっちゃうな」
梓の向こうに座っているホストがこちらに微笑む。みちるはぶんぶんと首を振った。
脱ぐかどうかは知らないが、記憶がないというのは本当に質が悪い。
そういえば春にみちるの歓迎会を会社でしてくれて、その時久々にアルコールを口にしたのだが、それ以来社員全員、みちるに酒を勧めることはなくなった。絶対に何かしでかしたのだと思うのだが、みんな教えてはくれないのだ。なかったことにしてくれていると思えば都合がよく、みちるはそう思うことで決着を付けていた。
「可愛いでしょ、みちる。この子に遊び方覚えてほしくて……ねえ、ここのナンバーワンって誰? みちる、会わせてあげられないかな?」
梓がホストの二人を交互に見つめて聞く。二人は店内を眺めてから、今は無理っすね、と言った。
「常連の指名ついちゃってるから、アフターまで体空かないと思うよ。残念だけど、今度かな」
「え、どの人? なんて名前?」
梓は立ち上がり店内を眺める。隣のホストが慌てて梓の手を引き、座らせた。
「じろじろ見ちゃダメだよ。……右奥の席、真ん中の人が煌さんです」
「きら……すごい名前……」
みちるが思わず口にしてしまい、慌てて咳払いをする。梓はそれを見て一瞬吹き出しそうになっていたが、すぐに可愛らしい笑顔を作り、そうなんだ、と口を開いた。
「どんな人? お客さんいっぱいついてるんだろうな」
「ついてるよ。今度バースデーイベントやるんだけど、多分すごいことになる。去年、車あげた客もいるって話だし」
「えー、聞きたい聞きたい! 車なんか貰っちゃう人ってどんなもの貰って喜ぶのかなー?」
梓がすかさず話題を変えていく。社長が今回の依頼は梓しか適任はいないだろ、と言っていたが、本当にその通りだ。その容姿と社交性を武器に情報を引き出すのが得意な梓はこういった探偵業を担当することが多い。このくらいの依頼ならこうやってすぐに片づけてしまうのだ。
「煌さん、高価なもの貰い過ぎてるのか、案外手作りとか弱いんだよね。絶対表に出さないけど、家で年配の客に貰った手編みのストール愛用してるし」
「へえ……そういうのも魅力なのかな? いつかお話してみたいなー」
「えー、梓ちゃんは次も俺指名してよー。可愛い客は自慢になるんだから」
「うーん……煌くんみたいになったらたくさん指名してあげる」
梓はくすくす笑いながらそう答えた。
それから煌の好みや愛用の物なんかもあっさりと聞き出した梓は、もうすぐ入店して一時間、というところでみちるの脇を肘でつついた。
みちるがそれに頷く。
「あ、梓さん。そろそろ帰らなきゃ……」
みちるが言うと、ホストの二人が、えー、と返す。
「え? あ、大変。ごめんね、みちる、シンデレラだから」
梓がそう言ってみちるの手を取り立ち上がる。
「魔法が解けちゃう?」
「そうなの。十二時過ぎたら男になっちゃうのー」
梓がそう言って笑う。みちるはそれに笑えなかったが、ホストは、梓ちゃん面白いね、と笑っていた。
そのまま店のドアまで見送られ、みちるが息を吐く。あとは近くで待っている他の社員にレコーダーを渡すだけ――そう思った時だった。
突然、みちるの手が掴まれ、顔を上げる。
会話を録音していたことがバレたのだろうか。それとも自分が男だとバレたか……どちらにせよ、ここまで来て収穫なしは困る。
手を掴んでいたのは、さっきまで隣に居たホストだった。みちるは微笑んで、何? と聞いた。
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