真相

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真相

”全てをお話しします” ホールに荒瀬真澄本人のホログラムが浮かんだ。観念したのかシュンとしている。 考えてみれば初日から薬を盛られていたのだ。錠剤には感受性を高める成分が入っていた。それで私は軌道特養の人格が書いた脚本を演じる道化になった。高畑も”死んだ”停止者も彼女そっくりな娘役のロボットも介護施設運営者の孤独が産んだ作品だった。軌道特養ほほえみは私が目覚める十年前に指定解除され、今では不規則に訪問者を受け容れる滞在施設としてラグランジュ3自治体が維持している。入居者はとうに後継施設に移り、AIは自給自足システムを定期点検がわりに動かして高畑達を製造した。元々は入居者に機能維持やレクレーションの一環としてモノづくりを体験させていた。かつての日本は高性能で品質の良い商品を廉価で輸出していた。その名残として小さな工房に旋盤や万力が備わっている。 “非審判的な立場と自立支援と言えばいいかしら。可動範囲内で自発的に家事をこなす。介護職員は利用者をじっと見守り、届かない部分を手助けする。そして失敗を責めない。私も強い心で生き続ければよかったの。言うは易く行うは難しね” 荒瀬はそうやって空白と孤独に耐えていた。マイナス感情を鈍磨させ、楽しい事ばかりを考えていた。しかし、それは徒労に終わる。 「疲れてしまったのね…」 私は同情を禁じ得ない。現職として利用者の排泄介助に向き合う日々。大人のおむつ交換は量も臭いも乳児と違う。前向きな気持ちもやがて折れる。 ”娘は…明日菜と名付けました。女の子…産めずじまいでしたけど” 立体映像は力なく笑った。 「お人形ごっこが空しくなった、と」 一人芝居は終始、楽しいものだ。 ”誰だって自分が可愛いのよ。傷つけあう関係は生身同士で十分だもの” 何だか切なくなってきた。気の遠くなるような睡眠を経て、たどり着いた未来は人恋しいあまり自作自演すら厭わない。 「結局、過去人を振り回して怒りと悲しみを輸入した」 それで喜怒哀楽の感情が出そろう。 ”本当にごめんなさい” 荒瀬真澄の像は深々と頭を下げた。 「許してあげたいけど警察が許さないでしょう。それと最後にもう一つだけ教えて」 私は施設の行く末が気になった。軌道の逸脱は彼女の嘘だとして、私はどういう経緯でここに運ばれたのか。 返答はサイレンとカウントダウンタイマーによって為された。 深紅のアラビア数字四桁がみるみる減っていく。 「まさか?! 貴女、自爆するつもりなの?」 ”つもりでなく、そうする規定です。そしてこれが私の最後の社会貢献になります” そこまで聞いて錠剤の知識が呼び覚まされた。 「積極的安楽死? 一部の必要と認められた者に対する権利行使」 軌道特養ほほえみは死に至る人間からあらゆるデータを採取する役割を担っていた。死なせるわけにはいかない。何としてでも阻止する。例外規定はないのか。私は知識を総動員した。いきなりロボットアームに捕らわれた。そのまま格納庫に運ばれ、脱出艇に乗せられる。 「いやよ! 離して! 誰も死なせない」 私はジタバタと足掻いた。 すると、モニタ画面に真澄が顔を出す。 ”ありがとうございました。記録用紙の写しは後見人様にもお渡ししておきます” どういうことだ。 コクピットが不透明になり座席は闇に包まれた。そして私は眩しい光と怒号が飛び交う中で目覚めた。 「適応訓練とリハビリが済んだ個体から搬出せよ。くりかえす…」 「敵がすぐそこまで来てるんだ」 屈強な腕がガラス窓を外し、ビキニ姿の私を引きずり出す。 「重戦闘型と聞いている。すぐに出れるな?」 女は私の視覚に味方の分布図とレーダー画像を重ねた。 泣きたくなる。私の内心とは裏腹に彼女の瞳は期待に燃えていた。 「優秀な衛生兵だったと聞いている。頼んだぞ、相棒」
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