フェイスシート

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荒瀬真澄(あらせますみ)様 戸籍年齢78歳。台湾解放戦争で夫と娘二人に先立たれ、戦後は日本国防軍の看護師として定年まで従事。遺族年金で生活する合間に復興ボランティアや戦争体験談をされていたが広至元年七月、クモ膜下出血で講演活動に昏倒。摘出オペで自我をとりとめ半年間の機能回復リハを終了。軌道特養ほほえみに人格移植される。生き生きと機械入居者のケアに努めておられたものの…』 利用者基本情報(フェイスシート)の記入は介護保険申請の第一歩である。私は錠剤で丸呑みした知識に則ってテキパキと記入している。が、違和感を拭えない。そもそも燃え尽きてしまう運命の人に介護は必要か。 「どうも腑に落ちません」 翌日、高畑に率直な疑問をぶつけた。「彼女には認知兆候が見られるのですよ。実は…」 「ええっ、前川様、田島様が?!」 耳を疑った。荒瀬は老人性躁病の疑いがある。しかも二十歳だと自称している。よくある退行症状だ。やる気満々の施設AIは入居者に過酷なリハビリを強いた。「従軍看護婦時代の記憶が蘇ったのだよ。これ以上、犠牲者は出せない」 何ということだ。高畑も最初はやり過ぎだと感じた。前川達が頑張ったので異常負荷を見逃した。結果、過剰電流が二人の回路を焼き切った。 私は荒瀬をペンの力で殺さねばならなくなった。要介護認定というやる気満々の”乙女”を殺す判決文。
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