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不思議な感動をもって見つめた。
蜜樹の群生は、惑星を取り巻いて十一群が確認されている。それぞれの中央には〈長老〉と呼ばれる一本の大樹が立つ。群生に寄り添って惑星子の集落は点在する。
〈長老〉の守り人として一家族が樹林の脇に住むが、ここではマキル一家だ。樹林が神聖だという理由で、集落は数キロ離れた先にある。
ボブを除く三人で集落を訪れてみたが、貨幣を使わない世界には商店もなく、そこは街ではなかった。大都市並みの人口が、ただ静かに日々を送っていた――
〈長老〉のカエデに似た葉が、降り注ぐ月光をマイケルに照り返す。風に揺れ、照り返しは明滅を織りなす。デジタル言語のように。
話しかけられているようだ。
マイケルは太い幹に沿って目を上げてゆき、そのまま大宇宙に向けた。散らばる星座は違っている。少年の日に見た宇宙を、いま別な方角から見ている。あの頃、宇宙開拓時代は幕を開け、人類は地球の外へと進出していた。
夏の夜、少年マイケルは星空を見上げて、そこへ行きたいという衝動に胸が高鳴ったものだ。使命感に躰が震えた。
そのとき、ふいに、原始の水際で陸地を窺う両生類を思った。怖るおそる陸地を眺め、陸地へ行かなければならないという衝動に駆られる両生類を。その生き物も、使命感に躰を震わせただろうか。
人類は、水際の両生類と同じ思いで宇宙を眺める。水から陸へ上がった両生類は、気の遠くなる年月を経て人類になり、陸から宇宙へ行かなければならないという衝動に駆られている。何故なら、生まれた天体に終わりの日が来ることを、両生類以前から本能が知っているからだ。
──そして、この地にたどり着いた。我々はここへ来ることが運命づけられていたのだろうか?
帰る場所を失った彼は、答の得られない問いを宇宙に投げた。
背後で草を踏む音がした。デレクが木立の間から姿を見せた。
「きみも夢を見たのか?」マイケルは問う。
後から来た男は〈長老〉を見上げている。
「まるで現実だった。アクエリアスのコクピットにいて、ディスプレイに映る家族と通話していた。いつ帰る? 早く帰って、とそればかり言われた。まだ地球が無事で、すぐに帰れそうな気がした」彼は横に並んだ。
「きみも、こいつに呼ばれたわけだ」マイケルは言う。
二人は明滅する〈長老〉を見つめた。
蜜樹の群生は惑星の神経叢のようなものだ。〈長老〉は神経叢を統括して、ヒトの意識をニルヴァーナに繋ぐ。開拓民はそう考えていた。
ニルヴァーナに入場したゲストは、失った親しい人たちと交流する。地球への帰還を拒んだ開拓民は、失った人たちと共に暮らすことを選んだ。ここで、永遠に。天国――ニルヴァーナ──に居るためなら、肉体の中で生きる時間など惜しくない。おそらくは、そう考えて。
マイケルは自身に置き換えてみた。永遠に家族と暮らせるのなら――
「ニルヴァーナとの同期が進む。我々は、最適化されているんだな」デレクがぼそりと呟いた。
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