07 種子

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「それまでに、何を、する時間がないと?」 「次の宇宙を産むための準備です。宇宙は膨張の果てに、収縮を開始します。ビッグバンからビッグクランチ。宇宙は巻き戻しにより〈点〉に収縮する。そして〈無〉に帰すでしょう。でも、〈無〉の状態にはゴーストのように〈有〉が重なります」  ドロシーは首を傾げる。「状態の重なり合い……〈無〉であるけれども、かつ〈有〉でもありえる状態。量子力学の講義でも始まるのかしら?」 「〈無〉の中に、新たな宇宙の〈種子(たね)〉を残さねばならない。わたしたちのずっと先の子孫が、なんとか、神の御業を行わねばならない」 「宗教学? それとも哲学の講義に変わった?」ドロシーは挑発する。が、マキルの態度に変化はない。 「沸騰するお湯のように、〈無〉の中で〈有〉の〈泡〉が湧いています。〈時空〉の素になる〈泡〉です。運良く育てば宇宙になれる。そんな〈泡〉が無数に湧き出て、瞬時に消えてゆく。たった一つの〈泡〉さえ安定して存在を続ける偶然は、奇跡に近いほど低い確率です」 「それは、確か……」デレクは記憶を探る。「ビレンキンの宇宙モデルだ」  古典宇宙物理学で受けた講義を思い出す。二十世紀の学説だ。 「時空の〈泡〉を安定化するために、核となる〈種子(たね)〉を〈泡〉に挿入する。その〈種子〉とは、ニルヴァーナに集う〈思念〉の集積体です。〈泡〉にをコピーし、受胎させる。たった一つの〈泡〉さえ消滅から回避できれば、〈種子〉は〈泡〉の中で〈思念〉を解き放ち、新たな宇宙のビッグバンを起こすでしょう。誕生するのは、別の宇宙ではなく、懐かしいです。の法則は引き継がれる。新たに勃興した人類は、また進化の道を歩み始めるでしょう。水から陸へ上がり宇宙(そら)へ飛び出す。これが何回目の宇宙かなどと考えることもなく、次のビッグクランチが訪れる日まで」  マキルは、ふう、と息を継いだ。その後をポーレが続ける。 「〈受胎〉を成功させるために、ニルヴァーナは演算しています。集う〈思念〉を総動員して。〈種子〉を創り〈無〉のサイズまで凝縮して、〈泡〉に挿入するための方程式と、その解を求めて」  メデューサと目を合わせてしまったように、二人の地球人(オリジナル)はフリーズしていた。 「思念がビッグバンの素になるなんて……それに、高等動物に思念が形成されることは、予定されていたことなのか?」 「進化は何を目的にしているのです?」  問いに問いを返され、デレクはとまどった。ここへ来る道々、ドロシーが発した問いかけと同じだったからだ。  問いに、マキルは自ら答えた。「進化は脳に自我を生んだ。そこに思念が形成される。高等動物の明晰な思念こそ、進化の果実です。果実は収穫される。ニルヴァーナへ」  話のサイズが巨大化して、とてもついていけない。
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