14 破綻

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 ニルヴァーナはボブにを見せようとしている。彼がそれを望むから。飾りたてた夢を嫌うから。でも、裏に何かある。暴いてはいけない何か。それに、覚醒時に深く繋がるなんて地球人(オリジナル)には無理。危険!  ――やめて。やめて!  ボブには母親を避ける理由があるはず。母親はジョーカーだ。使い方しだいで花束にも凶器にもなる。そのカードをめくってはいけない!  ドロシーの懇願は届かない。仲介する〈長老〉がいない。リミッターの外れた蜜樹(ハニーツリー)たちがボルテージを上げる。  ボブの意識に投影されるイメージは、親和性の高いドロシーにも流入する。モニターのように見える、聞こえる。制御の外れた圧縮ファイルが情報を展開する。ボブの子供時代のを、ドロシーは瞬時に知ってしまう。  彼女は両手で頭を押さえた。過負荷で脳が膨れあがり、脳蓋を内から圧するようだ。  ──たおやかな女性の姿。やさしい声。ボブのママ。とてもをする女性には見えない。  ――違う! 真実なんかいらない! ヒトは自分の信じたいものしか信じない。ヒトが信じる真実なんて、所詮その程度のもの──だから、やめて!  だが、もう遅い。彼のママは語り始めていた──  ボビー、夜中にわたしが泣いていたことがあったでしょう。あれはね、が辛かったからじゃないの。家へ一番よく来てくれた男の人――おまえもを知っているよね――あの(ひと)と別れたからなの。奥さんにバレちゃってね……  それと、わたしが辛いをしてたなんて思わないでね。わたしは好きなのよ、アレが。けっこう楽しんでたの。  ドロシーは聞いていられなくて耳を塞いだ。だが、情報は脳へダイレクトに入力される。  ママの唇の色が、いきなり変わる。真っ赤に。真っ赤な口紅を塗ったように。  ドロシーは身震いする。  ――やめて、ニルヴァーナ、ボブが壊れる!    昼はオフィスで仕事してたなんて、嘘。夜の仕事もレストランじゃないの。全部午後のと同じ。お馴染みさんが多くてね。ふふ。若い頃はもっとモテたんだから──おまえの父親もはっきりしないくらい。男の人はみんなチヤホヤしてくれた。ちっとも辛くなんてなかった。だから、無理に、思い込まなくてもいいのよ。そんなことしたら苦しいでしょう。おまえは本当にいい子ね。大好きよ、ボビー……  ボブは大声をあげ、激しく頭を振った。すべてを打ち消そうとするように。それが済むと、魂が抜けたように肩を落とし、奇妙な笑い声を洩らした。  再び上げた目は虚ろだった。  ボブは、感情の失せた声で樹々に語りかけた。 「意志は尊重されるんだったよなあ。おれは、おまえたちの仲間にはならねえ。消滅を選ぶぜ。にちゃんと伝えろよ、蜜樹(ハニーツリー)ども」自動小銃を捨て、ホルスターから拳銃を抜く。銃口を自らのこめかみに当てる。「ほら見ろ。人間さまは、自分にだって暴力をふるうことができるんだ」それから顔を三人の地球人(オリジナル)に向ける。「お人好しどもめ、まだわからないか。ここはアヘン(くつ)だ……」 「よせ!」デレクがとび出した。 「おれの頭から出て行け!」  銃声が轟いた。  脳漿が飛び散る。反動でボブの躰はカートから飛び出し、草の上に投げ出された。  最後まで惑星(ほし)との友好を拒否した男は、その惑星(ほし)で命を終えた。  ボブとドロシーの中でだけ展開した寸劇は、デレクとマイケルには感じることもできなかった。二人の男は何が起きたのかわからず、ただ茫然としていた。  ドロシーは泣きながら悪態をついた。「ニルヴァーナ、ばか! うすのろ! とんだ能無しだ。宇宙の謎が解けたところで、ヒトの悲しみ一つ解けやしない」  過負荷から解放にされた脳に、激しい痛みがやって来る。彼女はその場に崩れ落ち、うずくまって嘔吐した。  混乱していた。ニルヴァーナの意図がわからない。ボブを救おうとしたのか、排除しようとしたのか、それともただの誤作動なのか。
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