05 解析

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                 *          開拓基地のコンピュータは九年前、最終戦争が人類を滅ぼした直後に停止されていた。データの送受信先がなくなったから当然のことだ。それまでに蓄積された〈アルファnine開拓史〉の膨大なデータは、残らずアクエリアスの補助電子頭脳(サブAI)にコピーされた。解析し分類し簡素化するために。  概要(サマリー)の作成には四日を要し、系統立てられた資料が各自の情報端末(タブレット)に出力された。  資料の内容は衝撃的だった。開拓基地指令室でミーティングが持たれたが、重苦しい空気が部屋を充たしていた。 「あいつら、もう別な生き物だ。人間じゃなくなっちまってる」ボブがボソリと呟く。  ディスプレイ表示に合わせ、AIによるアルファnine開拓史の解説が始まった──  ──惑星子(ほしのこ)は世代が下るほど短命化が進む。現成人である第八世代の平均寿命は十七歳前後。続く世代では、さらに寿命の短縮は進行すると考えられる。原因として、アルファnine中心部から発せられる未知の波動放射の影響を疑うが、確証はなし。補足、外来ヒトの場合、個体年齢が二十歳を超えるあたりからテロメアの短縮化が加速し、ほぼ四年で細胞分裂能を失う。  惑星子(ほしのこ)の肉体的な最大の変化は繁殖形態で、三つの大きな変化が見られる。  ①感応受胎 ②雌雄同体 ③卵生  夫妻が額を合わせて望むだけで〈感応受胎〉する。〈雌雄同体〉のため出産ごとに雌雄は入れ替わり、夫と妻は交互に出産する。〈卵生〉であり、一回に平均四卵を産む。第四世代までに①~③の変化は全新生児に及んでいる。以上の繁殖形態の変化により、地球人(オリジナル)に比べての負担は軽減され、多産化が促進されている。一夫妻の生涯平均出産数は二十卵。  精神的に最大の変化は共有意識の獲得。  地球人(オリジナル)は集合的無意識で精神の根底を共有しているが、惑星子(ほしのこ)は、それが集合的意識とでも呼ぶものに変化している。この意識界は〈ニルヴァーナ〉と呼称され、より意識レベルに近い意識表層で共有される。極論すれば、一人が五感で知覚したものを全個体が知覚できる。  開拓民は、早い時期から、それを夢として体験する。夢は徐々に鮮明さを増し、現実と変わらぬ体感を得るようになり、覚醒後も実体験のように記憶される。経験を重ねれば、夢のフィールドでの個人間の交流が可能となる。つまり複数人で同じ夢を共有する。地球人(オリジナル)にはこれが限界だが、アルファnine上で誕生した惑星子(ほしのこ)世代からは、覚醒時にも意識の共有が可能となる──  解説する人工音声は歯切れのいいキャリアウーマン・タイプだ。怜悧な口調が癇に障る。想像を絶する内容を淡々と語るせいだ。その声が途切れる。  マイケルが一時停止(pause)していた。「少し整理しよう」 「処女懐胎だ。惑星子(ほしのこ)さまはマリアさまになられた。アーメン」 「ボブ、ふざけないで」 「なんで? もう動物の行為は必要ないんだ。ママ、どうしたら子供が生まれるの、って聞かれても、あわてなくていい。それはね、パパとママがおでこをくっつけたから、って言えばいい。コウノトリは失業だ」 「それだけ違ってしまったということだ」マイケルが言う。「まず社会構成だ。意識を共有する世界だから、首長も階級もない、決定のための会議も必要ない。惑星子(ほしのこ)は一人が全体、全体が一人。マキルは、たまたま基地の近くにいたというだけの理由で、地球人(わたしたち)応対のになった」  デレクは感心したように、けれど、皮肉めかして言う。「すばらしい秩序だ」 「問題なのはニルヴァーナ。わたしたちの爽やかな朝の正体が、これ」みんなの反応を見るようにドロシーは顔をめぐらせた。「どうもね、変だと思ってた。毎晩いい夢見るなんて。眠るとニルヴァーナに招待されていたわけ。共有意識に。そこで親しい人たちと逢って楽しい夢を見てた」 「ニルヴァーナ――涅槃。インド哲学だが」マイケルが言う。「入植時のメンタルサポートに当たったのは東洋系のチームだ。インド人心理学者と日本人僧侶がいた。命名には彼らの思想が反映している。それから、蜜樹(ハニーツリー)は重要なポジションにある。蜜樹の中に〈長老〉と呼ばれる大木があり、それがヒトの意識とニルヴァーナを仲介するということだ。仮説ばかりだが」 「ニルヴァーナはらしいぜ」ボブが情報端末の資料を見て言う。参照ページは全員の端末にサブ画面表示される。「夢の世界――ニルヴァーナに行けば、そこには亡くなった友人たちがと暮らしている。で、開拓民たちはこう考えた。自分たちも、肉体の死が訪れた後もニルヴァーナでずっと暮らせると」ボブは唇を舐める。「地球に絶望していた連中には、飛びつきたくなる考えだ」 「事実、宗教化していた。〈自己の永遠の存続〉ってのは、宗教の甘い蜜だからな。ニルヴァーナの研究は、冒涜だという理由で中途半端に終わっている」 「夢はどんどん鮮明になってくる。もし、現実と区別がつかなくなれば、おれもニルヴァーナがあの世だと信じるかもしれない」デレクは言った。 「ロマンチストの皆さん、何事にも裏があるのをご存知か? 幻覚を見てるだけだとしたら、どうだ? ドラッグの幻覚みたいなもんじゃねえのか?」 「わたしたちが、いつドラッグやったの?」 「蜜樹(ハニーツリー)がまき散らすんだよ、幻覚剤の花粉を」 「そんなデータはないの。科学チームが徹底的に分析してる。あんただって夢で逢ったでしょう、九年前に亡くなった地球の人たちに」 「今度、夢の中でネエちゃんと寝てみて、信じるかどうか決めよう」 「あんたって、どうしてそう下品なの」 「下品な連中の中で育ったんだよ、お嬢さま」 「静かにしろ。続けるぞ」マイケルは一時停止(pause)を解除した。  
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