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「あ、夜が生まれる」
君が真上を見て西から東へとゆっくりと顔を動かすから、僕もつられて上を見る。
太陽の沈んでいった山の稜線が濃い朱に染まっていて、そこから朱と藍の縞模様。
夜と昼との境目は曖昧に、かつ大胆に。
背中には去り行く昼を背負って、目の前には月が藍の空に輝いている。少し手を伸ばせば届きそうな、ボタンみたいな、まる。
「夜って、生まれるの?」
なんでこんな農道の真ん中に車を止めて二人で空を仰いでいるのかは分からない。ただそうしたくなったからしてる、としか言いようがない。
「うん、なんとなく、そんな気がしない?」
二人して顔を上げたまま、お互いを見ないまま、生まれるという空を眺める。
次第に西の空に藍の領域が広がり濃くなり、朱が去る。けれども、余韻は残る。
「うーん、なんとなくなら、なんとなく」
「それってほとんど理解してないってことよ」
ケタケタと笑い声を上げる。空を見つめ続けたまま。
「夜が来ることで、朝が始まる、そして昼が訪れて、夜がまた来る。生きている私たち、みたいね」
「うん、それなら、分かる」
もう稜線は完全に藍に染まって、空か山か、分からなくなる。
「ねえ、僕たちも、始めようか」
ようやく視線が合う。
藍をそのまま写したような黒目が、月のよう。
「これからの僕らを、始めようか」
「それ、なんとなくも分からないよ」
また、ケタケタと笑う。黒目が気のせいかな、海に浮かんでるように見える。
「それならさ…、僕と。僕と結婚してください」
「…うん、それなら、分かる」
頷いたあと、もう一度空を見上げる彼女の先に、生まれたての空と溢れそうなほどの、黄金に輝く月。
「うん。…これからのふたりを、育てていこうね」
彼女の細い指が僕の指をそっと摘まむ。
だから僕は、しっかりと、溢さないようにその手を包むんだ。
夜は生まれる、そして、新しい僕たちも、生まれる。
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