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メビウスの夢
ロイド・クラークは教会の礼拝堂に立っていた。
アーチを描く高い天井には、一面に受胎告知の荘厳な絵画が描かれ、壁を彩る窓は宗教画をモチーフにした鮮やかなステンドグラスが嵌め込まれている。
礼拝堂にはロイド以外に誰も居ない。耳が痛くなるほどの無音に包まれ、軽く眉間を寄せる。
それが夢であることには、早々に気が付いていた。
現実味のない、ふわふわとした足取りで礼拝堂を歩く。反響する自分の足音が、幾重にも重なって頭に響いてくる。
吸い寄せられるようにして辿り着いたのは、広い礼拝堂の隅に設けられた告解室だった。
木製の電話ボックスを二つ並べたような造りをしているが、電話ボックスよりも重厚で、神聖な雰囲気を放っている。
扉を開けて中へ入り、透かし格子の小窓に向かって跪く。隣の部屋には、既に神父が入室しているようだった。
「父と子と聖霊の御名によって。アーメン」
神父の声が透かし格子の向こうから聞こえてくる。
ーーああ、そうか。俺は罪を赦されたいのだ。
内心でひとりごちて、ロイドは「アーメン」と小さく繰り返した。
「神の慈しみに信頼して、あなたの罪を告白してください」
神父の、優しく何事をも受け入れ赦すような声音が、告解室から礼拝堂にまで、波紋のように響いて浸透していく。
「……人を」
ロイドの掠れた声が、告解室に重く留まる。
「人を、殺しました」
一語一語、確かめるように声に出した。
殺した。そう。殺したんだ、人を。
祈りの姿勢で組んだ両手に力が入った。神父は続きを促すように、ただ黙っている。
「愛しい人でした。いえ、始まりはただ依頼の対象だったのです。近付くうちに愛してしまった。でも……」
言葉が詰まり、視線が泳ぐ。ゆらゆら揺れる視界の中に、鏡が映った。
小窓の下に造られた一枚板の小さなシェルフに、ゴシックな装飾がなされた真鍮製のスタンドミラーが置かれている。
映り込んだ自分の顔は、酷く疲れてやつれていた。
「でも、俺は殺した。それが仕事だったから。そうすることでしか、俺が生きる術は無かった。自分の為に殺した。好きだった。愛していた! それなのに俺は……ッ」
心の内を紡ぐうちに、言葉に熱が入る。
はあ、と肩で大きく息をつき、ロイドはそっと口を開いた。
「……今日までのおもな罪を告白しました。赦しを……」
「お願いします」その言葉が、喉の奥で詰まって出てこない。
あ、う、と喉を鳴らして、口だけが僅かに動いた。
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