1-1 事件発生

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 そして何より、殺人現場独特の張りつめた陰湿な雰囲気が、まだ若い欧介の精神を打ちのめした。  その夜は何も食べられなかったし、眠ることも出来なかったのは、言うまでもない。 (あの頃よりは、成長したはずだけどな……)  欧介は目の前にある既に絶命した「死の塊」へ目を向けた。  死者の表情はここからではよく見えない。 (それでも、これはいくらなんでも)  部屋中に充満した生臭さも相まって、欧介は久々に吐き気を覚えた。  最悪の現場だ。 「こりゃあひでえな」  鼻から下をハンカチで押さえながら、ひょろりと背の高い男が入ってくる。  名は坂上冬治(さかがみとうじ)。  たたき上げのベテラン刑事で、欧介に刑事のイロハをたたき込んでくれた人物である。 「こんなひどい現場、初めてですよ」 「お前はまだ日が浅いからなあ。と言っても、こんな死体は刑事を二十数年やってる俺でも、お目にかかったことはねえけどな」  そう言って坂上は、まとまりのないくせ毛をわしわしとやる。  垂れ気味の目と、手足の長い細身の体躯。  刑事らしからぬ風貌のせいでぱっと見は優男に見えるものの、瞳の奥はいつも鋭利な光を帯びていることを欧介は知っている。 「犯人は一体どういうつもりでこんなことしたんでしょうか」 「さあな……犯人の考えていることなんて、俺にはわからんよ」  坂上の声からは抑揚が消えていた。気持ちは既に死体の方へと向かっているらしい。  未だに近づく気にすらなれない自分とは、大違いである。 「俺には全く理解できませんよ」  欧介は語気を荒げている自分に気が付いた。  思った以上に動揺しているようだ。 「人間を生きたまま……煮殺すなんて……」
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