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そして何より、殺人現場独特の張りつめた陰湿な雰囲気が、まだ若い欧介の精神を打ちのめした。
その夜は何も食べられなかったし、眠ることも出来なかったのは、言うまでもない。
(あの頃よりは、成長したはずだけどな……)
欧介は目の前にある既に絶命した「死の塊」へ目を向けた。
死者の表情はここからではよく見えない。
(それでも、これはいくらなんでも)
部屋中に充満した生臭さも相まって、欧介は久々に吐き気を覚えた。
最悪の現場だ。
「こりゃあひでえな」
鼻から下をハンカチで押さえながら、ひょろりと背の高い男が入ってくる。
名は坂上冬治。
たたき上げのベテラン刑事で、欧介に刑事のイロハをたたき込んでくれた人物である。
「こんなひどい現場、初めてですよ」
「お前はまだ日が浅いからなあ。と言っても、こんな死体は刑事を二十数年やってる俺でも、お目にかかったことはねえけどな」
そう言って坂上は、まとまりのないくせ毛をわしわしとやる。
垂れ気味の目と、手足の長い細身の体躯。
刑事らしからぬ風貌のせいでぱっと見は優男に見えるものの、瞳の奥はいつも鋭利な光を帯びていることを欧介は知っている。
「犯人は一体どういうつもりでこんなことしたんでしょうか」
「さあな……犯人の考えていることなんて、俺にはわからんよ」
坂上の声からは抑揚が消えていた。気持ちは既に死体の方へと向かっているらしい。
未だに近づく気にすらなれない自分とは、大違いである。
「俺には全く理解できませんよ」
欧介は語気を荒げている自分に気が付いた。
思った以上に動揺しているようだ。
「人間を生きたまま……煮殺すなんて……」
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