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被害者の男は両手足を縛られたまま、浴槽内で殺害されていた。
通報を受けた警官たちは当初、被害者は溺死させられたのだと思っていたそうだ。
身体の自由が効かない状態で沈んでいるとなれば、溺れたと考えるのが常識的だからだ。
しかし現場に到着した彼らが浴室の扉を開けた瞬間、その予測が間違っていたことを思い知る。
蒸気で視界が真っ白になる中、むせかえるような臭気が鼻をついた。
今までに嗅いだことの無い、鼻の奥にねっとりとまとわりつく匂い。
――ここで一体、何が起こっていると言うのか。
浴槽内で絶命している被害者がまともな状態でないことは、この時点で誰もが悟っていた。
一人の警官が恐る恐る浴槽に近づくと、大量の蒸気の理由がわかった。
浴槽内の水が、微弱ながら絶えず沸騰をしているのだ。
それと共に、浴槽に沈む被害者の身体が目に入る。
遺体はほとんど身動きが取れない状態のまま、浴槽内に沈められていた。
水が濁っているため分かりづらいが、浮き上がることのないよう、重しまで付けられているようだった。
その一方で、顔だけは沈んでしまわぬよう、浴槽の縁に仰向けの状態で固定されていた。
猿ぐつわを噛まされた被害者は、恐らく自力で顔を上げることすら出来なかっただろう。
溺死することすらも許されず、苦しみもがいて絶命した被害者。
そのことを示すかの様に、男の顔はこれまで欧介が見たどの遺体よりも、壮絶な形相をしていた。
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