1-1 事件発生

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 被害者の男は両手足を縛られたまま、浴槽内で殺害されていた。  通報を受けた警官たちは当初、被害者は溺死させられたのだと思っていたそうだ。  身体の自由が効かない状態で沈んでいるとなれば、溺れたと考えるのが常識的だからだ。  しかし現場に到着した彼らが浴室の扉を開けた瞬間、その予測が間違っていたことを思い知る。  蒸気で視界が真っ白になる中、むせかえるような臭気が鼻をついた。  今までに嗅いだことの無い、鼻の奥にねっとりとまとわりつく匂い。  ――ここで一体、何が起こっていると言うのか。  浴槽内で絶命している被害者がまともな状態でないことは、この時点で誰もが悟っていた。  一人の警官が恐る恐る浴槽に近づくと、大量の蒸気の理由がわかった。  浴槽内の水が、微弱ながら絶えず沸騰をしているのだ。  それと共に、浴槽に沈む被害者の身体が目に入る。  遺体はほとんど身動きが取れない状態のまま、浴槽内に沈められていた。  水が濁っているため分かりづらいが、浮き上がることのないよう、重しまで付けられているようだった。  その一方で、顔だけは沈んでしまわぬよう、浴槽の縁に仰向けの状態で固定されていた。  猿ぐつわを噛まされた被害者は、恐らく自力で顔を上げることすら出来なかっただろう。  溺死することすらも許されず、苦しみもがいて絶命した被害者。  そのことを示すかの様に、男の顔はこれまで欧介が見たどの遺体よりも、壮絶な形相をしていた。
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