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「何で煮殺す必要があったんだか」
見開かれた目で空を睨んだまま絶命している被害者を見ながら、坂上は言った。
「殺すだけなら溺死で十分だろうよ。わざわざ猿ぐつわまで噛ませて煮殺すなんざ、よっぽどの理由でも無い限りやらねえだろう」
茹でられた被害者の身体は、体中の皮膚と肉が裂け、裂けた部分は赤黒くただれている。
剥けた皮は白く反り返り、もはや人間のものとは思えない。
「これって……今流行りの猟奇殺人ってやつじゃないんですか? 気が狂った犯人なら何やったっておかしくないでしょう」
欧介は未だに被害者の顔を直視できないまま言った。
こんな事をする人間が、まともな神経の持ち主であるはずがない。
「猟奇殺人ねえ……」
坂上は微かに鼻で笑った。
「お前、漫画やドラマの見過ぎだよ」
「でも坂上さん、これはどう見たってまともな神経の奴がやったとは思えませんよ」
坂上はやれやれと言った表情で欧介を見た。
「じゃあ何か? お前の言う『正規の方法』で殺した奴は皆まともな神経の持ち主だって言いたいのか?」
「そう言う訳じゃありませんけど……」
「大体な、戦時中なんてどの国でもこの程度の事はやってんだ。それが平和な世の中になった途端、猟奇殺人だの、狂気の沙汰だの、ちゃんちゃらおかしいと思わねえか」
そして坂上は吐き捨てるように言う。
「俺から見れば、金目当ての殺しも、お前の言う猟奇殺人てやつも、大差ねえよ。ガイシャにしてみりゃ殺されたことに変わりはねえ」
――殺されたことには変わりがない。
欧介は初めて見た女の死体を再び思い出した。
あの事件は確か、交際していた男が犯人だったはずだ。無理心中を図っての犯行だった。
あの女の虚ろな目と、今回の被害者の見開かれた目。
何も映らないその瞳の奥に映るものは、同じ『無念』と言う言葉なのだろうか。
欧介には、わからなかった。
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