男Xが殺人鬼になるまでの手記

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 しかし母との間に、言葉を交わさずとも「(いびつ)な絆」を感じていたのも事実です。理由はその信頼関係があいつの暴力によって成り立っていたからでしょう。出来るだけ彼の気を逆撫(さかな)でしないようにしたり、お互い傷つくのを最小限にしようと努めたり。といっても基本的に黙ってその場をやり過ごしたり、言いなりになるだけなのですが、それでも二人の間に一種の連帯感があったのです。私の幼少期は暴力によって支配されていた事になります。この力ずくの手段に恐れ(おのの)きながらも、それが人間を掌握する唯一の手段だとあの男に刷り込まれたのです。  人を殺す人間を作り出す原因が、グロテスクな映画やアニメーションにあると問題になったりしますが、私はそうは思いません。例え殺人犯本人がそう言ったとしてもです。なぜ本性を隠しながら幾人もの尊い命を奪ったり、誰でも良かったと言って通り魔を起こす人間の言う事の表面だけを捉えて納得してしまうのでしょうか。きっと我々人間は答えを出来るだけ単純明快にしたがる(くせ)があるのでしょう。そのとき何となく納得出来る解答を見つけて安心する事さえ出来れば、本質的な解決なんてどうでもいいのです。人生を一言で例えたり、座右の銘を決めたり、もしくは父のように力に訴えたり。元を辿(たど)れば同じ事です。実のところ陰惨な事件を起こす犯罪者が後を絶たない理由は、洞窟の天井から水が(したた)り落ちて出来る石筍(せきじゅん)の様に、自己を否定され続け、どす黒い経験が長い年月積み重なり増幅した結果なのだろうと思います。
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