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紅葉が綺麗な季節だった。
裕貴は一人、隠れ家に向かっていた。それは家の裏手にある山を少し登った所にあり、何故だかそこだけぽっかりと平地になって木々の合間に家一軒ほどの隙間が出来ている。
お菓子と飲料の入った背嚢を背中に背負い、決して緩やかではない道を登って行く。そして辿り着いたその場所で、裕貴は持ってきた敷物を広げてその上に寝転んだ。
誰に邪魔される事もなくただ空の青さと紅葉の朱さをぼんやりと目に焼き付けながら、ゆるゆると思考を巡らせる。
高校生の裕貴には、特に夢中になれるものがない。勉強も遊びも、皆と同じように器用にこなせないし楽しめない。腹の底から笑う事もなく、ただひたすらなんとなく日々を送る。
何かに夢中になれる友人達が、時に眩しく、時に恐ろしい。
裕貴にとってただ空を眺めているだけの時間はとても幸せなものなのに、周囲にとってはそうではない。それを重々承知しているから、裕貴は誰とも共有する事なく、一人でこうして空を見上げる。この場所は誰にも知らせていない、裕貴の秘密基地だ。
木々の合間から覗く空はいくら見ても見飽きることはなく、空を通して己の心の内を見透かしているかのような不思議な浮遊感を味わい微睡むこの時間が裕貴にとって何にも代え難い、充実したものだった。
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