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バスで帰宅途中に、FMを聴き流していたらふと、ある曲に耳がとまった。
何だろう……。
ショパンでも、ラヴェルでも、ドビュッシーでもない。
切り裂かれるような、切なく、魂の叫びのような……。
私は、最後までその曲に意識を傾け、注意深く、曲名と作曲者を聞いた。
そしてそれは、シャミナーデのピアノ小品『アラベスク』と知った。
シャミナーデ!
「俺、シャミナーデの『コンチェルティーノ』が一番好きなんだ」
十七歳の時。
教室で、隣の席に座っていた彼が白い歯をこぼしながらそう言っていた。
彼が一番好きな作曲家の曲に、私ははっきりと感応したのだ。
あの頃……。
カフェで、私達は好きなクラシック音楽について熱く語り合い、帰り道、手を繋いで帰った。
公園のベンチに寄り添い座り、そっと口づけた……。
私達は未来を知らず、ただ愛を語り、ふたり重なる夢を見ていた。
そして……。
いつしか大人になり、今、違う別々の人生を歩んでいる。
そう、それは遠い昔。
もう二度と戻れない若かりしあの頃……。
私は、切ない心を切り裂くような『アラベスク』の美しいピアノの音色にただ耳を傾けながら、バスに揺られ一人、泣いた。
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