四、

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吾輩は滅多に山登りなどはせぬ性分だが、翁の感じた疑問は至極最も な事だと思ふ。昔何処か、人里からさう離れて居らぬ処にある山へ 登りに行つた時、吾輩も翁と同じやうな感覚に取り憑かれたのである。 登山口から山へ入つて暫くの間は人里の音も聞こへ、容易に人工の物と 見てとれるやうな物体が其処ら中に存在する事もあり、人間の気配が 非常に濃厚であつた。何処からどうみても、自然の領域の 内に己が居るとは思へなかつた。而し其れから暫くの間登り続け、 気付ひた時にはもう、人間の気配を感じなくなつてゐた。 自然と人間の領域との境界が何処にあつたのか、分からなかつた。
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