縁則天(言文一致版)

五、

此れは明らかに、熊が意図的に為した事であつた。
其れ迄寧ろ痕跡を残す事に無頓着であつたと云つても良ひ熊が、
唐突に己の痕跡を全て消し去つたのである。
追つ手の存在に気がつひたのか、単に何らかの行動を起こす前に、下準備
として己の行動を予測不能にしやうとしたのか、其れは判然しなひが、
兎にも角にも恐るべき知能と云へやう。
此の結果勘助達は、熊の行方を一切知る事が出来なくなつて了つた。
今や集落がどのやうな状態に置かれて居るのかすら、彼等には分からな
かつた。もう既に襲われて了つてゐるかも知れなひし、未だ無事かも知れ
なかつた。

勘助達は集落の手前での討伐を諦め、一先ず集落の現状を知るために
一旦帰還する事にした。其の上で今後何を成すべきかを考える事に
決したのである。