神が唸る時

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 普段は人通りも少なく、閑散とした小さな田舎町には、年に一度だけ神様が訪れる。    かつてこの地に疫病が流行った際に、遠方から荒ぶる神を招き、それを鎮めたという神話。それを年に一度の祭りのメインイベント、御神輿で再現するというわけだ。  僕が今担ごうとしている神輿には、神様が宿っている。一年間の無病息災を祈り、荒ぶる神が訪れた当時の様子を再現する。 荒ぶる神と言うだけあって、時折肩に乗せた担ぎ棒を肩から外し、両手で掴み、豪快に揺らすのが醍醐味だ。縦横無尽に激しく揺れる神輿を見て、観客は声を挙げる。  ただし、当然そんな事をしたら、危険な事もある。 重量を支える担ぎ棒は凶器だ。油断したら怪我をする。神輿は大人が数十人、力を合わせて何とか担げる重さだ。  僕は憂鬱だった。  誰もが同じ気持ちだと思っていた。みんな、神様に隠し事をしている。心の声を「わっしょい」なんて言って誤魔化している。本当は言いたいんじゃないのか?  僕はそう信じて疑わなかった。  もう、こんな事、やめましょうよ……。  神輿は各町内を、そこの住人が担いで回る。いつも優しい近所のおじさんも、その時だけは気性が荒くなる。まるで何かに取り憑かれた様だ。  僕はそれを、何処か冷めた目で見てしまう。もう、何年も続いている事だ。  ついに僕の町内の出番だ。肩を軽く叩いて膝を曲げ、気合いを入れるフリをした。ついでに普段とは違う勇ましい表情を浮かべ、神輿を睨んでみる。すると、誰かが僕の肩を叩いて、気持ちを落ち着かせようとする。 「落ち着け、気持ちは分かるが、安全第一だ」 僕は安心した。 良かった、誰も気付いていない──。 唸り声だけが、頭に響く。ただ、それだけだ。 『また見たぞ。つまらぬ隠し事……』
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