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男は僕の前に来て、立ち止まった。
「な、なんだよ……」
僕はそう言って険しい表情を作った。男の顔を見ると、万灯に照らされた目が、僕を見下ろしている。それは、まるで本気で我が子を叱る親の様な目付きだ。身の危険を感じた僕は、口を開いた。
「いや、ごめ……」
しかし、僕がそう言い掛けた時、男は両手を大きく振り上げた。
僕は咄嗟に奥歯を噛みしめて、全身に力を込めた。それが僕に出来る唯一の防御策だった。そして……。
バシン! 大きな音と共に、肩に痛みが走った。しかし、それは思っていたより痛くない。
──あれ?
すると、男は唇を震わせて言った。僕の両肩に手を置いたまま、懇願する様な眼差しで、僕の目を見つめながら。
「俺の分も、頼んだぞ……」
男の目には、再び涙が溢れていた。言うべき言葉を探したけど見つからなかった僕は、黙って頷いた。
すると、男は微かに笑みを浮かべ、僕の前から去って行った。
僕は安心した。
良かった、誰も気付いていない──。
『本当に、良かったのか?』
しかし、そう思った瞬間、僕の意識は何者かに飲み込まれた。ずっと聞こえていた、低い唸り声が僕を包み込む。それは、万灯の明かりも届かない、真っ暗な世界。唸り声の主は、僕に言った。
『また、隠し事を続けるつもりか?』
夜風に揺れて、神輿の鈴がチリンと鳴った。
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