いつか・・・

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「あ…やっ……!」  私は大和(やまと)の腕の中で大きくのけぞった。 「だから、声出すなっつってんだろ」 私の口を塞ぎながら、大和が耳元で囁く。 「だって……」  そう言いながら、私は気が遠くなりそうだった。 「ぜってー声、出すなよ。今日はそういう遊びだからな」 そのシチュエーションを心底楽しむように、大和は私を荒々しく抱く。 大和は大学の同級生。 いつも私達は、大学の講義がない時は大和の部屋で過ごしている。 大和とは大学の受験で知り合った。 受験会場で、私達は隣同士だった。 初対面だったけど大和は、地方から東京に出てきて緊張する私に気さくに話しかけてきてくれて、お昼を一緒に食べた。 その時、私達は何故かLINEの交換も、お互いの素性も明かさなかった。 ただ、別れる時、 「お互い、一緒に合格するといいな」 と、大和は言った。 180㎝近いスレンダーな長身。全く無駄のない薄い筋肉質。黒のスキニーパンツが抜群に似合う長い脚。  今時、珍しい黒髪の横顔に見え隠れする、そのどこか淋しげな笑顔に私は一目惚れだった。   ───────────・・・  口唇(くちびる)が重なる。 顔を背けようとして、その顎を掴まれた。 「何、逃げてんだよ。お楽しみはこれからだろ」  口腔を蹂躙し、首筋を這う大和の深い口づけに思わず声が漏れ出そうになって、それを何とか抑えようとする。 だって、大和が。  今日はそういうプレイだって……。 甘い陶酔と混乱の中、私は大和の腕の中で唯、堕ちていく。  流れる涙をひと筋、そっと胸に隠しながら……。   「もう行かなきゃ。『法学B』が始まる」  そっとブランケットをたぐり寄せながら、私は独りごちた。  ベッド脇の時計デジタルは午後三時半を回っている。 「あ……!」 ベッドから起き上がろうとした私は、大和に腕を取られ、大和の胸の中に抱き寄せられていた。 「行くなよ」 「だって。そういうわけにはいかないわ。近藤先生、出欠厳しいもの」 そう言いながらも、私は大和の逞しい腕に抱かれたままでいる。 「行くなって」 大和は囁きながら、細長く節太い指で私の髪を梳く。 甘い、心地よい陶酔。 行為の後のこのほんのわずかなひとときが、何より好きだ。 私は、ただじっと子猫のように大人しく彼の胸の中にいた。 彼は私の髪を梳き、柔肌に触れながら、また私を押し倒そうとしている。  しかし、私はおもむろに呟いた。 「……ねえ、大和」 「うん?」 大和の瞳をじっと見つめる。 「まだ彼女とは別れないの?」 一瞬、大和は動きを止めた。 「大和……?」 大和はベッドから離れ、冷蔵庫の方へと歩み寄る。 「俺は、優季(ゆき)とは別れないよ」 冷蔵庫の中からバドワイザーを取り出すと、プルを外した。 ごくごくと彼の喉が鳴っている。 彼は吐き捨てるように一言、言った。 「未南美(おまえ)はセフレ」  あ、また……。 四時限目の『法学B』の講義を受けながら、私は自分の躰の異変に気付く。 躰の、一番深い奥底から、沸き上がってくる。 じんじんと疼くその波に、私の理性は戸惑う。 あんな抱かれ方をしているのに。  こんなに肌を合わせているのに。 今、私は彼の『セフレ』でしかない。   “まだ彼女とは別れないの”     何度口にした言葉だろう。   私には自尊心(プライド)なんてない。   品格より愛が欲しい。   大和……。   大和の心が欲しい──────   優季にとられる前の大和の心を取り戻したい。   入学時、無邪気に再会を喜んでくれた。   あんなに優しかった大和に、いつか戻ってくれる日を。   肌を合わせても、合わせても、彼の心は私にはない。   それがわかっていながら。   また、私は胸に痛みを抱え泣きながら、彼に抱かれる。   彼がいつか。   いつかまた私に心寄せてくれる日が来るのを信じながら……。
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