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太陽の騎士
木々が生い茂る秀峰ザムバードの中腹に、異様な構築物がある。
うねるような怪しげな文様が施された巨大な岩の塊を、天高く積み重ねる事で形成された白い塔のような物体は、魔神クルトを祭る神殿クルト・ダイであり、魔神の民の総本山――いわば最後の砦であった。
魔神の民はなんとしてでもクルト・ダイを死守しようとアリの大群のように次から次へと湧き出し、決死の抵抗を見せていた。しかしそれももはや風前の灯火といった風情であり、戦いの情勢は火を見るよりも明らかであった。
「行けっ! もう次はない! これを最後の決戦とするのだ! 魔神の民は遺さず殲滅せよ!」
騎士トゥアンの激励に太陽の民の戦士達は奮い立ち、勢いを増して敵を蹂躙していく。
勝利を確信したトゥアンは、背後を振り返った。眼下には太陽神セラヴィが蘇らせた豊穣の大地フィグネリアが広がっている。遥か先の海辺には、港を備えた神都ルリエーヴルの街並みすらも微かに望む事ができた。祖先の代から長年続いてきた魔神の民との戦いも、遂に終わるのだ。その終止符を打つ役目を自分が担うとは、感慨深いものがあった。
「よし、そろそろ俺も行こう」
「トゥアン様、どちらへ……」
「ハルワイがまだ、中にいるはずだ。奴とも決着をつけなければなるまい」
「ハルワイが……では、何人かお付きの者を。お一人では危険があるかもしれませぬ」
「いらん。何も心配はない」
近習の者に言い残し、トゥアンは一人、神殿へと足を向けた。
神殿クルト・ダイに入るのは初めてではあったが、内部の経路についてはすでに頭に入っていた。とはいえ遥か昔に築かれたという古代の遺産は、禍々しく壮大な外観に比して、その必要もないぐらい簡易な作りでしかなかった。
激しい攻防が続く正門をぐるりと迂回し、側廊へと回る。魔神の民自身の日常的な出入りは、こちらの裏口から行われているのだ。予想した通り、魔神の民の残された僅かな精鋭は正門へと向けられ、裏口はほぼ無人も同然だった。
中に入ると、すぐ横にある小さな部屋に女子供の集団が震えながら縮こまっているのが見えた。トゥアンのまとった白銀の鎧を見て、並んだ沢山の目に怯えの色が浮かぶ。
白銀の鎧は、太陽の国の始祖であり、魔神の民と戦い始めた英雄ゾーイに由来するものだ。以来、代々太陽の国を背負う選ばれし〈太陽の騎士〉にのみ受け継がれてきたものだった。
魔神の民もその姿を一目見て、彼が〈太陽の騎士〉である事を悟り、恐れおののいたのである。
するとその中の一人の少年が立ち上がり、トゥアンに向けて憎しみの視線を向けてきた。
「偽りの民めっ! 出ていけっ!」
しかしトゥアンは彼らを一瞥したのみで、すぐさま歩を進めた。無辜の民に興味はない。彼の目的は敵の首領である魔剣士ハルワイただ一人だった。ハルワイがいるとすれば、この先にある魔神クルトの礼拝堂だろうと目星は付いていた。
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