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「トゥアン殿はおりますかの」
数日の滞在で背中の傷もだいぶ良くなった頃、村長の老人がトゥアンを訪ねてやってきた。
「だいぶ時間が掛かってしまい申し訳ありませんな。こちらがご所望いただいておったものです」
「無理を言ってすみません。ありがとうございます」
村長がテーブルに広げたのは、現在のフィグネリアを表す地図だった。村にはだいぶ昔の古い物しか残っていなかったため、わざわざ新しい物を取り寄せてもらったのだ。
地図は村人達の話を裏付けるものでしかなかった。遥かなる希望の大地フィグネリアと銘打たれたその地図には、大地の民の村や集落が記されるばかりで、トゥアンが知る太陽の国の名前はどこにも見当たらなかった。本当に、まるで無かったかのようにこの世界から消失してしまったのだ。
「ここは……この何も書かれていない場所には、何もないのですか?」
トゥアンは地図上の一点を指差した。フィグネリアの端、海に面したその場所には太陽神セラヴィの神都ルリエーヴルがあるべき場所だった。
「いえ、恥ずかしながら我々はこの村の周りの事ぐらいしかわかりませんので。それでも特に生活に困るわけではありませんでしたから」
村長は首を横に振った。と――
「そこになんか用があるのか?」
いつからいたのか、興味深そうに視線を向けるヤッカの姿があった。
「おや、竜巫女様。いつの間に」
「また近くの村が襲われたんだ。追い払ったついでに、トゥアンの顔でも覗いてみようかと思ってな。調子はどうだ? もう万全か?」
「お陰様で」
確かめるように差し出された右手を右手で握り返す。ヤッカの顔にはからかうような笑みが浮かんでいた。ヤッカに会うのは初日に会って以来の事だった。彼女はあっちこっちで賊が出没したと聞いては、竜に乗ってフィグネリアの各地を飛び回っているらしい。
「忙しそうだな」
「ああ。奴らは本当にタチが悪い。何度追い払っても私が飛び去ったと見るや懲りずにやってくる。諦めの悪い泥棒猫みたいな奴らだよ」
ヤッカは鼻で笑い飛ばしたかと思うと、急に真顔になって地図に目を落とした。
「トゥアン、その場所に何かあるのか? まさかお前、そこから来たわけじゃあるまい」
「……いや、そのまさかだ。俺はこの場所から来た」
「なんだと?」
目を剥くヤッカに、嫌な予感がした。
「お前、そこは泥棒猫達の根城だぞ。トゥアン、貴様やはりあいつらの……」
「いや、違う! 待ってくれ!」
胸に広がる苦々しい想いを必死で堪え、弁明する。
「信じてもらえないかもしれないが、どうも俺がいた世界とこの世界とじゃ違うみたいなんだ。そこには俺が住む神都ルリエーヴルという町があるはずなんだ。俺達太陽の民の王城がある町で、俺はそこで太陽の騎士として仕えていた。決してあんな下賎な奴らの仲間なんかじゃあない」
「太陽の民……太陽の騎士……」
「俺のいた世界では、この村だって存在していなかった。フィグネリアは豊饒の大地として、太陽の国が治める場所だったはずなんだ。俺達はそこで……」
トゥアンは言葉を切り、呻くように続けた。
「魔神の民、と呼ばれる連中から国を守っていたんだ……」
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