太陽の騎士

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 ぎぎぃ……と軋む音を立てて扉を開けると、トゥアンの予想通り、礼拝堂の奥に一人、熱心に祈りを捧げる人影があった。 「来たか、トゥアン」  振り返りもせず、トゥアンとは対照的な深紅の鎧に身を包んだハルワイは言った。トゥアンの目は彼女よりも、その前の祭壇に聳え立つ今にも動き出しそうな不気味な魔竜の像に釘付けになった。  魔竜はその昔、魔神クルトの化身としてこの世に産み落とされたと言われている。魔神クルトに選ばれし一人の巫女にのみ従い、豊穣の大地フィグネリアを暗黒と絶望に染め上げた災いの象徴である。ハルワイが纏う深紅の鎧は、巫女と魔竜を守るために彼らに付き従った魔剣士に由来するものだ。  太陽の国に伝承される〈はじまりの記〉では、英雄ゾーイが魔竜を撃ち、巫女と魔剣士を滅ぼした事から豊饒の大地フィグネリアは解放され、太陽の国が生まれたとされている。巫女と魔剣士はともかく、魔竜などという化け物については後世の創作だと思われていたが……こうして魔神の民も崇拝し続けているとすれば、やはり伝説は本当だったのだろうか。 「どうした? 私を殺しに来たのではなかったのか?」  驚く程に冷め切った声で、ハルワイが振り返った。不吉さすら感じさせる深紅の鎧とは不似合いな程、その顔は美しかった。魔神の民を現わす艶やかな黒髪から覗く耳には、巫女を象徴する花のような耳飾りが揺れている。  ハルワイは魔竜を守る深紅の魔剣士であると同時に、魔神クルトに選ばれた最後の巫女でもあった。長年の抗争による仲間達が減っていく中で、ハルワイはたった一人で全ての役目を担い、首領として魔神の民の一族を率いてきたのだ。  彼女の実力はその肩書と比しても決して劣るものではなかった。彼女は絶大なる統率力で滅び行く魔神の民を奮起させるとともに、太陽の国随一の剣の使い手であるトゥアンと互角に渡り合う腕前を誇っていた。滅亡目前とはいえ、ここまで魔神の民を持ちこたえさせたのはひとえにハルワイの尽力によると言い切って良かった。ハルワイが存在しなければ、魔神の民はもっと早くに滅びていただろう。  しかし――今、彼女の手には剣すら無かった。その時点で、トゥアンはハルワイの覚悟を知った。 「残念だ。お前だけは、俺の手で討ち取りたかったのに」 「奇遇だ。私も最後だけは、お前に殺されたいと願っていた。偽りの英雄ゾーイを受け継ぐ偽りの騎士トゥアンよ」  ハルワイの唇に、薄い笑みが浮かぶ。いたたまれなくなって、トゥアンは思わず目を背けた。ハルワイは常々、英雄ゾーイを偽物だと言い放っていた。彼女は自分達こそが正義だと主張し続けていたのだ。  彼女達の中には豊穣の大地フィグネリアは異国からやってきた偽りの民によって侵略されたものであり、偽りの民から自分達の故郷や仲間を守るのは当然だという論理がある。これまでの戦いの中でハルワイ達もまた、守るべきもののために懸命に戦っているという相通ずる想いは感じていたものの、それにより太陽の民への被害が避けられない以上、トゥアンにとって許容できるものではなかった。
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