甦る魔竜

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 すぐ近くで女の悲鳴が聞こえ、トゥアンは声の方向を目指した。路地を曲がった先に、数人の人影が見えた。親子だろうか。一人の少女を男が羽交い絞めにしている横で、もう一人の女性を数人の男たちが組み敷いて衣服を引き裂き、今にも強姦しようという真っただ中であった。  しかもよく見れば、襲われている女性と少女は黒髪の魔神の民で、蛮行に及ぼうとしている男達こそ太陽の民と思しき兵士達ではないか。 「おい、お前ら! 何をしている!」  トゥアンはかっとなって声を張り上げた。相手が魔神の民とは言え、無抵抗な婦女子を乱暴するなど騎士の風上にも置けない。ましてや戦場で事に及ぶとは、言語道断に他ならなかった。 「なんだお前?」 「俺は〈太陽の騎士〉トゥアンだ」  しかし男達は、きょとんとした表情を浮かべたかと思うや否や、一斉に声を上げて笑い出した。 「〈太陽の騎士〉だと? 笑わせるぜ」 「白い鎧なんて着やがって。親分の真似でもしてるつもりか」  トゥアンを見ても全く怯もうとしない男達を、怪訝に思う。トゥアンの顔を知らない兵士は太陽の民にはいないはずだし、仮に新兵で顔を知らなかったとしても、身に纏う白銀の甲冑の意味を知らないはずはなかった。  トゥアンは嘲笑する男達に黙って歩み寄ると、左手に握った剣を横なぎに振るった。瞬時にして、先頭にいた男の顔から鮮血がほとばしる。 「う、うわぁっ! 顔がっ!」  薄く皮膚を切り裂いただけだというのに、男は顔を押さえた地面をのたうち回った。周囲の男達は蒼白になって、後ずさりする。  歩いている内に、だいぶ自分の身体の状態がわかってきた。どうやら背中の傷は右肩に近い位置にあるらしい。右手を突いたり、背中や腰の筋肉を動かせば痛みが響くが、左腕を腕の力だけで振りぬく分には問題はなかった。  何より目の前の男達の実力を推し量るに、左腕一本でも十分戦えると確信を抱いた。彼らが手にしている武器も、トゥアンが途中で手に入れたのと同じような粗末な鉄の剣や槍ばかりだった。野蛮な言葉遣いといい、立ち居振る舞いといい、自分の腕や剣に誇りを持つ戦士とはまるで思えない。 「太陽の民の兵かと思いきや、とんだ偽物どもめ。命が惜しければ今すぐ引き上げるがいい。立ち向かう者には遠慮はせんぞ。さぁ来い!」 「ひ、左手一本で……」 「ば、バケモノだぁっ!」  一喝すると、男達は悲鳴をあげて逃げ出していった。トゥアンが手負いである事すら見抜けない程に、未熟なごろつきである証拠だった。  小さく息をつき、地面に転がった母娘に目をやる。二人はトゥアンの視線に気づいて、ひっと小さく声を上げて縮こまった。  疑問なのは、どうしてこんな無力な魔神の民が戦場にいるのかという点だ。集落を襲うのに、わざわざ女子供まで引き連れて来たというのだろうか。その上で暴漢に襲われたのでは、襲ってもらうために来たと言われても仕方がないではないか。 「お前達、どうしてここにいる?」  トゥアンの問いに、二人とも震えるばかりで答えようとしなかった。 「こんなところに来るんじゃない。さっさと自分達の村へ帰れ。殺されても知らんぞ」  驚いたように目を見開く二人に、釈然としないものを感じる。さっきのごろつきどもといい、一体何がどうなっているのだろう。どうにもいつもと勝手が違う。  いずれにせよまだ半鐘は鳴り続けていて、これ以上二人に構っている場合ではなかった。トゥアンは再び通りに出て、騒ぎの中心を目指した。
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