甦る魔竜

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 白い馬に乗った男が現れるや否や、魔神の民の男を斬り捨てたのだ。トゥアンによく似た白銀の鎧に身を包んだ男は、トゥアンを見るなりほくそ笑んだ。 「何かと思えば怪我人じゃねえか。何を怖気づいてやがる。相手は左手しか使えねえんだぞ」  偽兵達の間にどよめきが起こり、トゥアンは小さく舌打ちした。どうやらこの男は、他の連中とは一味違うらしい。 「弓を持て! 近寄れねえんなら蜂の巣にしちまうんだ! たかが手負いの犬コロ一匹、さっさと始末しするんだな!」  男に促され、偽兵の中から弓矢を構えた兵士達が何人か進み出た。先に斬り伏せるにしても距離があり過ぎる。その分放たれた矢を避ける余裕はありそうだが、これだけの数を躱しきれるだろうか。ましてや背中の傷もある。男はそれも知った上で、弓での攻撃を命じたのであろう。  かくなる上は、無傷では済まないと覚悟した上で突撃するべきか。何人か斬れば、怖じ気づいた連中は再び戦意を失うかもしれない。しかしそれまでにどれだけの手傷を負うものか。まかり間違えば命すら危ういかもしれない。だが、他に方法はない。 「やれ!」  男が手を振り上げ、万事休すかに思えたその時――ゴォゥッ! と物凄い突風が一団を襲った。巨大な影が頭上を横切り、その場にいた全員が我を忘れて空を見上げる。 「グゥァァァァーーっ!」  腹の底に響くような雄たけびをあげたのは、蛇のような鱗に包まれた黒光りする巨大な生物――竜であった。  トゥアン達の頭上を通り過ぎたかに見えた竜は、空中をぐるりと回って再び向かってくる。人間の頭など丸のみ出来そうな巨大な口を開き、幾つもの鋭い牙をむき出しにしたまま、鬼のような形相で再び咆哮した。 「で、出たぁっ!」 「魔竜だっ!」  瞬時にして恐慌状態に陥る偽兵達に、再び馬上の男の罵声が響いた。 「馬鹿野郎! 撃て! あいつを射落とすんだ!」  我に返った弓兵達が目標を竜に変え、次々と矢を放つものの、矢は竜の翼の風圧によって吹き飛ばされ、命中したとしても固い鱗に弾かれるばかりで傷一つつける事ができなかった。 「だ、駄目だっ!」 「無茶だ、殺されるぞ!」 竜には何の攻撃も通じないとわかると、偽兵達は一斉に撤退を始めた。今度こそ止めても無駄だと悟ったのか、馬上の男はトゥアンを一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。 「運が良かったな。次は跡形もなく切り刻んでやろう。覚えておけ」  馬首を返し、颯爽と去っていく男。竜はなお、偽兵達を追い立てるように何度も何度も旋回と咆哮を繰り返した。  トゥアンがふと見れば、魔神の民達は地面にひれ伏して竜に向けて祈りを捧げていた。  疑う余地も無く、あれは伝承で伝え聞いてきた魔竜だ。魔竜が再び、この世に蘇ったのだろうか。  トゥアンは目の前で起きている現実を受け止めきれず、ただ呆然と空を舞う竜を見つめていた。
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