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竜巫女ヤッカ
偽兵達を追い払った後、竜は空を泳ぐようにして悠々と村へ引き返してきた。まるで勝利を誇るかのごとく上空を二三度旋回すると、羽を大きく広げ、先ほどとはまるで違った穏やかな様子で広場へと降り立った。
魔神の民の村人達が歓声を上げて竜の周りを取り囲む。地面に腹ばいになった竜の頭や腹を、子ども達が喜んで撫でた。竜は気持ちよさげに目を閉じ、ずいぶんと懐いているようだった。
するとその背から一人の女性がひょいと地面に降り立った。色とりどりの布を張り合わせたような鮮やかな衣装をまとい、頭にも帽子のように布を巻いていた。艶やかな黒髪から飛び出した耳には、花を模した耳飾りが揺れていた。ハルワイの耳についていたのと同じく、魔神クルトの巫女を現わすものだ。
ハルワイと同じなのはそれだけではなかった。女性そのものが、まるでハルワイの生き写しかのように瓜二つの容貌だった。トゥアンが一瞬、彼女が生き返ったのかと見間違うほどハルワイに良く似ていた。
しかし彼女は、トゥアンを見て顔を強張らせた。
「お前は誰だ。やつらの仲間ではないのか」
黒髪の魔神の民の中で、赤茶けたトゥアンの髪色は明らかに異質だった。敵意むき出しのその目に、トゥアンも思わず剣を構える。
ハルワイを討ち果たした事で魔神の民との争いには終止符を打ったものだとばかり思っていたが、こうして集落が残り、魔竜まで実在するとなれば、まだどこかに自分達の知らない隠れ里のようなものがあったのだろうか。
そうであるならば、争いは避けられない。果たしてこの手負いの状態で、あの巨大な竜を駆るこの女とどこまで戦えるか。ぐっと生唾を飲み込む。
「俺は……あいつらの仲間なんかじゃない。俺は太陽神セラヴィに仕える〈太陽の騎士〉トゥアンだ」
「太陽神? 太陽の騎士?」
覚悟を決めて打ち明けたつもりだったが、女性の表情に何の変化もない事に、トゥアンは逆に困惑した。
すると横から飛び出した一人の少女が、トゥアンの前に両手を広げて立ちふさがった。
「違うよ。この人、私達を助けてくれたの。私達、この人がいなかったら殺されていたかもしれないもの」
少女の隣に、おずおずと一人の女性が並ぶ。二人はあの偽兵達に乱暴されそうになっていた母娘だった。
「そうだ。この人は悪い人じゃない」
「この人がいなかったら、今頃皆殺しに遭っていたかもしれない」
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