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蜩と奈落
ひぐらしのカナカナという鳴き声が、茜に染まる空に響いた。
暑かった夏も終わりが近付いている。
夕焼けの下、日傘を差した女性がゆっくりとした足取りで歩いていた。
小さなショルダーバッグには、妊婦であることを示すマタニティマークのキーホルダーが付けられている。
彼女の名は、七尾白雪。
由緒ある華道の家元『七尾家』に嫁いでからはや三年。
親子ほど歳の離れた夫との間には、なかなか子供が出来ず、不遇の扱いを受けていた。
やっと子宝を授かった彼女が嬉し涙で頬を濡らしたのは、もう半年以上前のことだ。
しかし、日傘の下の顔――その瞳は生気がなく、別の理由で泣きそうだった。
日傘を持つ手とは逆の手で、彼女は自分の胎をさする。
まだ陽の高かった頃――昼間に行ったかかりつけのマタニティクリニックで告げられたのは、残酷な事実だ。
――お腹の子は、既に亡くなっていた。
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