それはきっと最高の出会い

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それはきっと最高の出会い

 四月下旬。 夕日に染まる校舎は放課後の雰囲気に包まれて物音ひとつせず夕日だけが満ちていた。 私は美術室で一人、目の前のキャンバスに色鮮やかな色を付け足していく。 放課後の美術室は春の穏やかな陽気に満たされているけれど、どこか寂し気な雰囲気も醸し出している。 三年生が卒業してから美術部に所属している生徒は私一人だった。 私は今日もまた、一人で目の前の絵画に向き合う。 変わり映えのないありきたりな日常。 こんな毎日が続くのかな。 きっとそう。 日常は変わらないからこそ日常なんだと思うの。 私の毎日はきっと変わらない。 これからもずっと。 でも、日常が変わって欲しいと願う自分がいる。 それは私のわがままなのかな。  先輩が卒業してからあっという間に時間が過ぎて気が付けば体験入部の季節になった。 今年は、一年生が入らないと思う。 なんとなくそんな気がする。 入らないと思うというか入って欲しくないと言った方が正しいのかもしれない。 先輩が卒業してから部活は私一人で行っているので必然的に自分一人だけの時間が増えた。 一人になると色々と考え事をするようになる。 取り留めもないことを考えてはやめることを惰性的に繰り返す毎日は私にとって退屈なものだったけれども確かな充足感が私自身を満たしていた。 このままでいい。 そんな考えが私を支配する。  そもそも、美術部だなんてマイナーな部活は人気がない。 活動場所の美術室も一般棟から離れていて移動が正直めんどう。 きっと他の部活に人が行くと思う。 でも離れているからこそ人の気配がなくて静かで、そんな美術室が私は気に入っているんだけれどね。 あっちをとればこっちが立たず。 難しいね。 今日も、もうすぐ部活が終わる。 片付けをして、戸締りをして、カギを返して終わり。 いつも通りの決まりきった動作が待っている。 変わり映えのない日常。 それは私にとってどんなものなんだろう。 確かな充足感を与えてくれる存在ということしか今はまだよくわかっていない。  そのとき、廊下に足音が響く。 その足音は少しばかりテンポが速くて足音の主は走っているようだった。  こんな時間に誰だろう。 先生かな。 でも、今日は職員会議があるはず。 だから、違うと思う。 じゃあ、新入生かな。 そう思うと少し緊張してくる。 足音は美術室の前まで続きそして止んだ。 いったい誰だろう。 私の注意は美術室のドアに注がれる そして足音が鳴りやんでから少し間を空けて扉が開く音がする。 そこには一人の少女が立っていた。 「し、失礼します。1年2組の赤井楓(あかいかえで)です。あの……美術部の活動場所はここですか。美術部に入部希望です。」 たどたどしくもはっきりとした声が響き渡る。 少女は黒髪をポニーテールに束ねていて活発な女の子なのかな、とも思ったけれど佇まいからは落ち着いた印象を受けた。 夕日に照らされた一年生の少女は息を少し荒立てている。 たぶん、部活が終わらないうちにと急いで来たのかな。 彼女の名乗りに私も答えなきゃ。 私は筆を置いて長い黒髪を整え一息吸って吐いて心を落ち着かせる。 第一印象が大事よね。 「はい、そうです。 私、部長の竹嶋葵(たけしまあおい)と言います」 今年は、一年生は入らないと思っていたのに。 私の予想はあっけなく外れた。 勘がいい方だと思ってたのにな。 突然の出会いに私の心は確かに揺れていた。 その理由は突然だったからなのか、それとも初めての(きもち)に出会ったからなのかはよくわからない。  どこにでもありそうなありきたりな私たちの出会い。 それはきっと日常の一幕で、互いの心のキャンバスに色を付けた。  この出会いが、私の日常を大きく変えるきっかけとなることを私はまだ知らない。 でも、私の心のキャンバスに小さな波紋が確かに描かれた。 私はそのことに気づいても気づかないふりをする。 だって、今のこのありきたりな毎日が崩れるくらいならいっそのこと何も変わらないで欲しかった。 でも、心のどこかには今が変わって欲しいと願う自分がいる。 目の前の少女との出会いが嬉しいのか嬉しくないのかよくわからない。 だから私は現状を保留する。 また、同じことをしてる。 私はそんな自分のことが好きなんだと思う。  でも、大嫌い。
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