この色の名前を私はまだ知らない

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この色の名前を私はまだ知らない

 赤井さんは美術部に体験入部することになった。 小さいころから絵が好きだったというだけあって赤井さんの絵はなかなかうまい。 将来的にどこまで伸びるのか、私はひそかに楽しみだ。 そして今日もまた私たちだけの部活が始まる。 いつもと変わらない、だけどこれまでとはちょっと変化した日常がそこにあり、美術室には二人だけの時間が流れていた。 部活動中はお互い無言で作業をする。 その時間は私にとって居心地がいいもので、このままずっとこの時間が続けばいいのにって思えた。 でも、そんなのは無理で当たり前のように終わりが来る。 「そろそろ、終わりにしようか」 私は自分の口で部活の終わりを告げる。 「そうですね」 赤井さんはおとなしく私の言うことを聞き、片付けを始める。  片付けを終えた私たちは荷物をもって教室の外に出る。 そして、部長である私が美術室のカギを閉める。 その瞬間、私は今日もまた一日が終わったことを実感する。 最近、一日が短い気がする。 きっとそれは赤井さんのせい。 赤井さんが美術室に現れてから私の日常は少しだけ変わった。 楽しいと思える時間が増えた気がする。 そんな小さな変化は私にとっては重要な変化。 もっと赤井さんのことを知りたい。 そんな気持ちとは裏腹に、日に日に私は赤井さんとうまく話せなくなっていた。 カギを閉めてから事務室までのわずかな時間の間、私たちはたわいもない会話を交わしてきた。 学校には慣れた?とか、好きな本は何?とか、当たり障りのない会話。 最近そんな会話ですら何だかうまくできなくなっている。 もどかしい。 なんでだろう。  「じゃあ、帰ろうか」 私はそう言って歩き出す。 私が赤井さんの先を歩き、赤井さんは私の後ろで様子をうかがっていた。 そして赤井さんは少し私と距離を詰めて話し出す。 「先輩ってすごいですよね。絵が上手いし、それに一発で作品を完成させていて。 私なんて線を引き直してばかりです」 その声は最初に出会ったときと比べて落ち着きが出ていて、きっと今の落ち着いた感じが本来の赤井さんなんだと思えた。 「ありがとう。でも、そんなことないよ」 私は謙遜して返した。 そう言うと赤井さんは私の方をまっすぐに見つめながらこう言ってきた。 「私、先輩みたいになりたいです」 「……」 その言葉に私はすぐに答えることができなかった。  私みたいになりたい。  そんなこと言わないでほしい。 きっと本当の私のことを知ったらそんなこと言えなくなる。 そんなことを言えている今がきっと幸せなんだと思う。 どうかこのまま赤井さんは本当の私の姿を知らないでほしい。 だから、私は少し笑みを浮かべながらこう答える。  「ありがとうね」  私の心の中の動きを知らない赤井さんはそのまま話しかけてくる。 「先輩は何か趣味とかあるんですか」 趣味、か。 「そうね、お菓子作りかな」 「へえ、そうなんですね。何を作るんですか」 「クッキーとかかな」 一番自信のあるクッキーと答えた。 正直、他のお菓子は自信がない。 「いいですね。先輩の作るクッキーおいしいんだろうな。先輩の作るクッキー食べてみたいです」 「そう。じゃあ今度作って持ってくるね」 思わずそう答えてしまった。 「ありがとうございます。楽しみです」 赤井さんはにこやかに微笑みながら答えた。 「あまり期待しないでね」 「い、いえ、そんなこと言わないで下さい。楽しみに待っています」 歩きながら話しているうちに事務室が近づいてくる。 「鍵、返すから。赤井さんは先に帰っていいよ」 「はい、お疲れ様でした。お先に失礼します」 「お疲れ様」 私は笑顔で赤井さんに手を振った。  赤井さんとの何気ない会話。 最近、それですら満足にできない自分がいる。 赤井さんと話すだけで胸が高鳴るのを感じる。 この気持ちは何だろう。  私がその(きもち)の名前を知るのはもう少しあとの話。
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