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変わりゆく自分と変らない自分のはざまで私は息をする
体験入部期間が終わり、赤井さんと植木君は美術部に正式に入部した。
先輩が卒業してから私一人しかいなかった美術部は三人となり新たな一歩を踏み出そうとしていた。
赤井さんの絵も上手いけれど植木君の絵も上手だった。
もしかしたら、私たち三人の中で一番絵が上手いのは植木君なのかもしれないと思えるほどで、それでいて植木君の絵には将来性があると思う。
今のままでも十分に上手だけれどこれからもっと上手になるかもしれない。
そう思うとこれからが楽しみだ。
今日も私たちはそれぞれ目の前の絵と向き合う。
そんな放課後の美術室にはただ鉛筆の音だけがかすかにこだましていて、その響きは心地よいものだった。
でも、その音はどこか物足りなくて寂しい。
もっと二人と仲良くなりたい。
そんな思いが私の心の中に生じては、目の前の絵に集中しなきゃと雑念を振り払う。
二人と出会う前の私は変化を嫌っていた。
変わりたい自分と変りたくない自分。
自分のことを好きだと言う自分と嫌いだと言う自分。
そんな対立を前にした自分は現状の保留という選択肢を選んだ。
そして当たり障りのない居心地がいい日常をこよなく愛するようになる。
変わらない日々がずっと続くと思っていたけど、二人との出会いが私の日常を変えた。
前と比べて少しだけ、でも確実に変化した日常を私の体は受け入れ始めている。
もっと二人と話したい。
以前の私からは想像もつかないほど今の私は変化に前向きになっていた。
それでも変化を嫌う自分は心のどこかにいて変化を受け入れようとしている自分を忌み嫌っている。
本当の自分はどっちなんだろうと、ふと考えてしまう。
それでも、表に出てくる自分は変化を受け入れようとする自分だ。
そのほうが人付き合い的に無難なんだと思う。
部活中、美術室の中心付近で三人向かい合ってキャンバスを並べて黙々と筆を進める私たちの間に会話はほとんどない。
クッキーを焼いてきたらこの前のように皆で楽しく会話できるのかな。
また、焼いてこようかな、クッキー。
そんなことを考えていたとき、静寂に包まれていた美術室に鉛筆の芯が折れる音が響いた。
植木君の鉛筆が折れたみたいだ。
「カッターってどこにありますか」
植木君が私にカッターの在りかを尋ねる。
どこにあったっけ。
最近は色塗りの工程しかやっていないからしばらくカッターを使っていない。
「どこだったかな……」
私はそう言ってカッターの在りかを思い出そうとする。
そんなとき、赤井さんが静かに口を開いた。
「私、カッター持ってるよ」
そう言って赤井さんは筆箱からカッターを取り出して植木君に手渡す。
植木君はにこやかに赤井さんにお礼を伝える。
「今日、カッター忘れてきたんだよね。ありがとう」
「ど、どういたしまして。」
赤井さんはそう言って少し恥ずかしそうにしながら顔を下に向けた。
「楓さんは偉いね。ちゃんと道具を忘れずに持ってきていて。見習わないとな」
植木君はそう言って、赤井さんのことをほめた。
「そ、そんなことないよ。
私もたまに忘れ物することがあるし。」
赤井さんは植木君に褒められて照れ臭いのか、顔をそらしたままだ。
「楓さんが忘れ物をするなんて意外だな。しっかりしてそうなのに」
「私、全然しっかりしてないよ。あ、朝も弱くていつもぎりぎりに起きてばかりだし」
赤井さんは照れ臭そうにしているけれどその様子はどこか楽しそう。
春の日差しが教室に入り込み、教室は暖かな雰囲気に包まれている。
そんな中、私の心は複雑に波打っていた。
なんでだろう。
二人がただ楽しそうに話している様子を見ているだけなのに、どうしてこんなにも心がざわつくんだろう。
赤井さんが私じゃない人と仲良く話しているのが気に入らないのかな。
それってまるで私が赤井さんのことを恋人として好きみたいじゃない。
好き?
楽し気に会話をする二人を私は見つめていた。
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