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私は涙を流している。
浮気した彼氏をぶん殴ったものの、明らかに拳の骨が折れた音がして、ありえないくらいの激痛が奔っているからであり、更には殴られたのにほとんど無傷の彼氏から「大丈夫? 救急車呼ぼうか?」と心配されているからである。
これ程の屈辱があろうか? いやない。
悔しい。
こんなクズから心配されて、優しい言葉をかけられて、不覚にも「こいつ実はいいやつでは?」と思ってしまっている自分が本当に情けない。
普通に考えて目の前に骨折してる人がいたら誰だって心配する。私だって心配する。だからこいつの行為は完全に常識の範疇に収まっているものである。いいやつなんかではない。断じてない。故に私が裁きを下さねばならず、怒りの鉄拳をぶち込んだわけだが、ノーダメージ。
私は己の力のなさを呪った。
するとその時、頭の中に声が聞こえた。
(力が欲しいか?)
「え……?」
(力が欲しいかと聞いている)
普通なら誰? と聞き返すであろうこの事態に対して、怒りで何も考えられなくなっていた私は即答した。
「欲しい! こいつを粉々にするくらいの力が!」
私は叫んだ。
「え? 何? 大丈夫?」
彼氏は戸惑った。
(よかろう)
声は応えた。
瞬間——「え? あ、ちょ——」——彼氏は粉々になった。
とてつもない力で、あらゆる方向から一斉に引っ張られたという感じで。
血の一滴も流さず。
彼氏は消し飛んだ。
そう。何の痕跡も残さずに、彼氏は消滅したのだ!
「す、すげぇ……!」
私はおしとやかな一面を捨てて野に生きるガキ大将みたいな声で感動を口にした。
そして不思議に思った。
「この力は……一体……?」
声は言った。
(我は神)
「神!?」
(そなた、この世界が憎くないか?)
「え!?」
(男に裏切られ、骨を折り、泣き崩れる……男がいなければ、否、人類がいなければ、そなたに起こった悲劇は起こらなかったのだ……)
「た、確かに……!」
(全ては今を生きる堕落しきった人類の罪……故に、人類は一度滅び、再びやり直さなければならない……)
「なるほど……」
(理解したか? ならば行け。その力で人類を滅ぼすのだ……)
「あ、いや、そーいうのはいいんで」
(な、何っ!?)
「いやなんかちょっと納得しそうだったけど、そこまで話しをでっかくしなくてもいいんじゃないかなぁって……私別に人類がどーのこーのとかどーでもいいですし。失恋したら次の恋探すだけですし」
(なん……だと……?)
「あ、でも神って言うなら一個だけお願い聞いてもらってもいいですかね? 彼氏が存在してた痕跡とか消してもらえます? 私人殺しになりたくないんで」
(……ならば、その男を復活させるか……)
「復活じゃなくてぇ、存在消してもらったらいいですから。復活したらこいつたぶんまた浮気しますから。完全に消滅させてください」
(……その力を使えば、可能だが……その男の存在を消せば事象が改変される事になるぞ……)
「? なんかよくわかんないけどわかりました」
私は手に入れた力を使って彼氏の存在を消滅させた。
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