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そこからは早かった。麻酔、あーん、縫合、はい、おしまい。なんだ、自分でやればよかった。 人間サイズが寝れる手術台はなく待合室のソファーだったてだけで、不審な点はなにもない。 僕は終始ドッグフードのサンプルが並んだ竹編みのラックを眺めてて。犬の年齢別から始まり犬種別、味別、ダイエットフードに胃腸が弱い奴用なんてのもある。 ご自由にお取り下さい横の、猫用サンプルを眺めようとしたらもう作業は終わってた。 「しばらく口の感覚ねぇから、間違っても舌噛むなよ、まじだぞ。まぁ舌はすぐ良くなっからいい子にしてりゃ4日で抜糸な。見た目はグロイが気にすんな。ったく、何をどうやったらそんだけの咬創になんだよ。野良同士の喧嘩か?」 パチンとゴム手袋を外す音。 舌の感覚は確かにない。自由に動かない。動かそうとどれだけ集中しても動かない。そりゃそうなのだが、なんとも気味が悪い。動かないだけでここに舌があるって感覚は思いっきりある。 何この舌……鬱陶しい。 「おい、聞いてる?まぁいい。言いたかねぇ事は聞かねぇし。ほら、モゴモゴしてねぇで部屋上がれ。俺はあいつら散歩に行ってくっから食えるなら飯食えばいいし。な?すぐ戻る」 「·······ありがとうございました」 おぅ、と一言残しひらひら後ろ手に手を振りながら、診察室らしき奥の部屋へ消えていった。 パタンと閉まるドア。瞬時に空気が変わる。ヒト1人の気配が隣から無くなっただけ。 ヒト1人分のくせに彼の気配はとても濃くて。パンと散らばって僕の周囲を嗅ぐだけ嗅いで去って行った。 集まって、散らばって、良いって言ってないのに追い回して、気が済んだらサラサラ集まって去っていた。 つーか、あんたも飯食いそびれてんじゃん。 途端に騒がしい犬の声。閉鎖空間であれだけの鳴き声が反響すればそれはもう音響兵器だね。 あぁ、でも。 僕も犬の散歩行きたかった。 受付と書いてあるカウンター、犬の足形トレイには"お大事に"の文字。どうもと心の中で呟く。 動物病院って保険利かないんだよな。お幾らですかと聞こうにも医者は犬に連れ出されたばかり。 仕方ないのでポケットからクシャクシャに突っ込まれたままの金を足形トレイに置き、メモを添えた。"僕は納豆が嫌いです"と。 普通に歩けないノロマで使えない自分の足に一瞥をくらわせ、僕はここを出た。 一度だけ振りかえる。 遠くで犬の声と多分あの人の笑い声。彼の日なたの匂いが鼻をかすめた気がした。
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