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下へ降り店を開け、閉店まで客に酒を作る。他愛ない話は他愛ない笑顔で返事を返すだけ。他人の会話に関心も興味も向けない僕は、この店では重宝がられる。
不倫に浮気に援助交際に、客は皆楽しそうだ。
「春馬君、明日は休みでいいよ。面談だろ?あぁ、連休とるかい?ここんとこ無理してもらってるからなぁ」
マスターが売上の計算をしながらバックヤードから顔を覗かせる。明日は保護司の増田さんとの面談の日だった。
「はい、ありがとうございます。じゃあ2日もらえますか?」
僕の他に2人アルバイトがいたが突然こなくなった、よくある事だとマスターがぼやいていた。
それ以来僕は連勤の連続だけど、別に困ることは何もない。ただ寝て起きて仕事をして、僕を買う客が来ればセックスしてまた寝る。
ありふれた日常。
「えぇ!?2日でいいのかい?いや、こっちは助かるけど春馬君最近疲れてるぞ?3日、3日は休みなさい。店は私の弟が来るから心配ないよ。増田先生に宜しくな。ほら、今日ももういいよ片付けなんか私がやる。上がりな、ありがとう、お疲れさま」
背中を押されるよう追い出され、自室までの階段がほら登ってこいと手招きしてる。
突然できた空いた時間。客の何人かが時間が空いたら連絡をくれと言っていた。今がそうだと思う。
けれど、夜空がどこまでも音を吸い込み、虫の声1つしないこんな夜に逢いたいと思う相手なんかいない。
だから心のまま、僕はどこへ向かうでもなく布団に入った。
眠れないと分かっていても、待っているのが悪夢だけだと知っていても。
僕は誰の声も欲しくない。
「やあやあやあ春、元気にやってるかい?」
玄関のチャイムを押すと、待っていたとばかりに増田さんがドアを押し広げて現れた。開かれた玄関先には巨大な壺のような花瓶に鮮やかなピンクの花。皇帝ダリアが枝から豪快に活けてあり、そのエネルギーに一瞬怯む。
「こんにちは、今日もよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、挨拶も早々に居間へ通され仏壇の前に座らされる。増田家の写真が並ぶ中、Lサイズの額縁の中にいるのは僕の父。増田さんと父は教職仲間。増田さんは保護司の資格を取ってまでして僕を待っていてくれた。
「ほぉ、春、また大きくなったんじゃないか?もうすぐ19歳か、早いもんだ」
僕が世間に放たれてもう丸1年。
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