NO TITLE 

53/65
前へ
/65ページ
次へ
「もう、黙れ、どけ、僕がやる」 腹立ちボルテージが振り切れました。コイツの相手をまともにこなそうとしていた僕がどうかしていたんだ。 無理でしょ、普通に無理無理。 行動、発言、顔、どれをとっても無理すぎる。 ラグとソファーカバーを洗濯機へ放り込む。ホコリが気になるので、むき出しのソファーには掃除機を。 完全なる防壁が僕の周りを覆っていく。何人(なんぴと)たりとも僕に近づく事は許さない。行く手を阻むこのデカ物は足蹴にしてくれよう。 どけ。 「わ!ちょちょちょ、どうしたし急に。え!?わ!今さっと掃出すように蹴らなかったか?え、え、え、早ぇ早ぇお前なんか動くの早ぇ。あ、俺、掃除機片付けようか?窓?閉める閉める、俺閉める。えーっと洗剤はここであってるか?うん、いいかここで。よし、終わった?じゃ行こうか春馬」 ガーーーっと唸る洗濯機の音。トコトコついて歩くデカい男。トコトコ?ないない、ないから。ドコドコの間違いでしょ。 狭い空間を円をかき移動する。 てめぇが後ろを付いてまわるから直線移動できねぇんだ、邪魔くせーなーもぉ! 喉まで出かかったが飲下す。これは消化不良確定だな。 相手にしたら負け、かまったら負け、返事したら負け。心の中で唱えながら物理的距離を置くため錆びれたベランダへ出る。同じ空間にいたら目に見えないアッパー系獣医菌に感染しそうだし、どうしても文句を垂れたくなる。 無言をどうにか貫き、すれ違いざまチラリと奴を一瞥(いちべつ)をくれてやれば。。。 さぁ、次は何を手伝う?何でも言って何でも言って、何でもするから何でも言って!そんな眩しい期待の眼差しが僕を追ってくる。 ・・・何なんだ。 ダメだ。 あの目、やはり犬だ。 (あるじ)の役に立てる事が至福の喜びである(しつけ)の良く行き届いた牧羊犬。 あのボサボサの毛並みは撫でつけてやれば、案外美しいのかもしれない。外を走り回って羊をまとめ上げているうちに、風とホコリで乱れているだけ、、、なのか? タバコに火をつけると馴染みの匂い、味。 あぁ、落ち着きます。 うん、ないな。 あいつは留守番中、部屋の中を台風のように荒らしまくり帰宅した主人に心底ごめんなさいを言うような犬だろ。 お気に入りはボックスティッシュ、出すのも好き、出したあとグチャグチャにちぎってガウガウ唸りながら大興奮、留守番の寂しさはどこ吹く風。頭の中は溢れるテッシュでめいっぱい。室内もテッシュで埋もれてめいっぱい。 「くくっ、なんかうける」 「何ニヤついてんだ?俺も仲間にいれろや」 カシャンとジッポオイルの匂い。どっかで嗅いだことあるタバコの匂い。 奴が吐き出した煙を追って、僕が吐いた煙が細く伸びていく。伸びて届いて混ざって、そして闇に溶けて消えた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加