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「いらっしゃいませ」 店を開けて直ぐに最初の客が入って来た。流した洋楽のBGMも静かにBメロを刻んでいる。 「スレッジハンマーを」 カウンター席の一番隅がこの人の特等席、最近よく見かける顔だ。 今日は水曜、もう時期ダイビングサークルの学生達がエネルギー満タンでなだれ込んで来るだろう。 「鳥の白レバーパテありますよ?いかがなさいます?」 そつなく、真面目に、静かに、ただ無心に仕事をする。復学という道も示されたが僕は自立の道を迷わず選んだ。 倒した積み木が再び塔にたどり着くように。父が僕の代わりに命の対価を支払った。だから僕はまた積み木を積む。まるで(さい)の河原の石積だな。一つ積んでは父のため。二つ積んでは母のためっていうあれ。 石ころなんて鬼の口に腕突っ込んで全部腹に沈めてみよう。ん?待て、石ころを腹に詰め込む?これは赤ずきんのオオカミの末路か。実際胃袋を割いて石を詰めて閉じたならきっとオオカミが死ななかったように、人も死にきれずただ痛くて苦しいが続くんだろうな。結果自分で腹を割いて石を出すという選択をするだろうか。 「いいね、いただこうか。春馬君、きみを買いたいのだが」 冷たいカクテルグラスの表面、周囲の空気と混じりあうべく水滴がじわり。彼は気にも留めずグラスを傾けた。 「えぇ」 灰皿を差し出すと彼は煙草に火をつけた。
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